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Posts Tagged ‘Mari Takenouchi’

this article is reprinted here with permission of Mari Takenouchi (http://fukushimaworkerslist.blogspot.de/)

映画「日本と原発」http://www.nihontogenpatsu.com/  Movie “Japan and Nuclear Power Plant” was made by 2 lawyers I desribed below…I could even be killed by disclosing this information…

製作・監督/河合弘之 (竹野内に20万渡すので情報室のことを黙っていてくれと電話)

Director: Lawyer Hiroyuki Kawai (Asked Takenouchi not to tell anyone about Nuclear Information Citizens Center by receiving 2000 US dollars.)

構成・監修/海渡雄一(もんじゅ西村事件の他殺を民事裁判に。)http://takenouchimari.blogspot.jp/2013/04/blog-post_1741.html

Supervised by Lawyer Yuichi Kaido (who made the homicide of Mr. Shigeo Nishimura with medical record evidence into a civil case…) http://takenouchimari.blogspot.jp/2013/04/blog-post_1741.html

検察審査会が3人の東電幹部の起訴を決めたが、弁護士が竹野内に「20万円やるから情報室についての話を黙っていてくれ」と言った河合弘之弁護士。(原子力資料情報室役員)

各地の反原発裁判、および特定秘密保護法で中心的役割を担う海渡雄一弁護士はもんじゅ西村事件で他殺の証拠があるのに民事裁判にしてしまった。
(原子力資料情報室役員)

大飯原発再稼働の時、反原発団体の原子力資料情報室の伴英之代表がなんと、原発再稼働容認の発言をしました!
After the nuclear accident in Fukushima, co-director of Citizens Nuclear Information Center stated that he approves the restart of Ohi nuclear power plant to Mainichi Newspaper!

http://mainichi.jp/select/news/20130620ddm008010084000c.html

いけしゃあしゃあと、「もんじゅ西村事件」で人が殺されているのに、「こんな国家の根幹にかかわる事件、俺が番組にできるわけないだろう」と嘲笑ったNHKの「最低ディレクター」林勝彦のインタビューに出ている。ousakuhinninochi-katuchan.blogspot.jp/2012/01/blog-p…

NHK林勝彦氏の事故前の大罪については、こちらをご覧ください。私が事故ちょっと前に必死の思いで地震と原発の番組を作ってくれと懇願し、わかったいくつか作ろうとだまして、情報だけ取った最低男です!

http://savekidsjapan.blogspot.jp/2013/01/x-sins-of-japanese-media.html

そして、本日、原子力資料情報室のおかしな面々が「反原発へのいやがらせの歴史展」というのをやって、アリバイ作りをしている!!!ダブルスパイ天国、日本!!!

Directors and board members of Citizens Nuclear Information Center were holding an event called, “Exhibition of Harassement against Anti-nuke people” to conceal their shadiness…Japan seems to be a Heaven for double spies!!
右から西尾漠氏、西村トシ子さん、海渡雄一弁護士
From the right: Mr. Baku Nishio (co-director of CNIC), Ms. Toshiko Nishimura (widow of nuclear lobby related murder, Monju Nishimura Incident), Lawyer Yuichi Kaido (Board of CNIC)

これを見て心底驚いている私!だっ て企画者の海渡雄一弁護士はもんじゅ西村事件で自殺他殺の争点を避けたおかしな弁護士で原子力資料情報室の役員、もうひとりの企画者、西尾漠氏は西村トシ 子さんの訴えを無視し(受け皿として同じ情報室の役員である海渡雄一弁護士が名乗りを上げたのだろう。原子力資料情報室=権力の外にもんじゅ西村事件を広 めてしまわれては困るから)
I am totally surprized to see this! 
Because the planner of this event, Lawyer Yuichi Kaido, unbelievably made the case of Monju Nishimura Case as a civil case even though there were evidence of murder from medical records and X-ray photoes! http://takenouchimari.blogspot.jp/2013/04/blog-post_1741.html

私、竹野内真理は2001年から2002年にかけて原子力資料情報室に勤めていました。その間に浜岡では、地震もないのに、大事故が2度もあった。(原子炉からの水漏れとECCSへつながる配管の水素爆発)

I, Mari Takenouchi, used to work for Citizens Nuclear Information Center from 2001 to 2002.  During this period, Hamaoka Nuclear Power Plant, located on the boundary of plates and M8 class quake could be occuring anytime, had 2 major accidents, one was a leak from the reactor and the other was a hydrogen explosion of a pipe connected to ECCS system.

情報室代表の西尾氏は浜岡で重大事故続いた後も、「地震と原発問題は絶対やらない」と年間の活動に入れることをなぜか頑なに拒否。

The co-director Mr. Nishio stubbornly refused to include “earthquake and nuclear power issue” in the yearly project plan of CNIC.

20025月、六ヶ所村村長の橋本氏(54歳)の汚職が判明してくるや否や自殺(推進側でもかわいそう!)。しかし、この問題でなにかしないのかと情報室の皆さんに言ってもみんな無視!!!
(ひどい)

Furthermore, in May 2002, the then mayor of Rokkasho village with the controversial Rokkasho Reprocessing Plant, Mr. Hisashi Hashimoto (54) committed a suicide (I feel sorry even though he was a pro-nuclear!) due to a minor bribery case and I asked the CNIC board members why they were not interested in this issue.

六ヶ所村が稼 働する前で、大事な時の村長の自殺だから、どうしても気になり、反核燃のエビ釣り漁の高田さんというおじいさんの村長選立候補者も出たので、応援に、週末 個人として六ヶ所村に行き、うぐいす嬢ボランティアをやって帰ってきたら。。。(CNICの人々はなぜかこの選挙でも反核の立候補者を応援せずに無視して いました)

It was before the Rokkasho Reprocessing Plant’s test operation, and the village mayor comitted a suicide, which is quite a crucial incident to halt the operation of the plant, too…In addition, there was an anti-nuclear candidate called Mr. Takada, who was a shrimp fisherman in the village, so I wanted to support him. (but CNIC did not do it at all for some unknown reason.)

なんと、代表の山口幸夫氏と伴氏と西尾氏に、情報室から数百メートル離れた喫茶店にわざわざ呼び出され、解雇を言い渡された私。

Then, on the following day, I was called by the 3 co-directors of CNIC, Mr. Yukio Yamaguchi, Hideyuki Ban, and Baku Nishio, and I was told that I was going to be dismissed.

数日後、そのことを会議で皆に報告したら、なんと山口氏が、「竹野内がウソを言っている」とウソを言って私を怒鳴りつけた!解雇されたことよりも嘘つき呼ばわれたことに心底腹を立てた私も怒鳴り返し、椅子を蹴飛ばして情報室事務所をでた、という経緯がある。

A few days later, when I talked about it from my side in the weekly meeting of CNIC, Mr. Yamaguchi yelled at me saying, “Ms. Takenouchi is telling a lie!”

I was even more angry when I was called as a lier rather than having been dismissed by these shady co-directors of CNIC and said,

「私 は首になるのは、構わないが、嘘つき呼ばわりされるだけは許さな い!まったく国民の命を預かる反原発の組織が、このような嘘つき集団で気味が悪い!こちらの方から、一瞬たりとももう居たくない!」とどなって出て行った ような気がする。(正確なセリフは記録が行方不明のため)

“It is OK with me that I got dismissed.  But I cannot tolerate being called as a lier!  Moreover, the direcotrs of anti-nuclear organization, which may be related to the future lives of people in this country, are telling such shameful lies themselves.  I feel so furious and frightened.  I would not like to be in this office any longer myself!”

その後、今も 福島告訴団にいる河合弘之弁護士(当時、よく自分から竹野内の悩みごとの相談を聞いてくれて、私は一部始終を書いた文書を書いて渡していたのである)から 竹野内に電話、「あなたの情報室批判の文書が世の中に出たら、情報室はつぶれてしまう。20万円渡すので、原子力資料情報室のことは黙っていてくれ。また 一から反原発団体を立ち上げるのは大変だから」と頼まれました。もちろん、「私は真実を言うことを邪魔されるのは嫌だと」断りました。

After that, I got a phone call from Lawyer Hiroyuki Kawai.  (Lawyer Kawai is the lawyer for Fukushima nuclear accident plaintiffs together with Laywer Yuichi Kaido.  Both of them are also the boardmembers of CNIC!)

He said to me “If your memo on CNIC gets disclosed, CNIC would be collapsed.  It would be so hard to establish an anti-nuclear NGO from the start.  They will give you 200,000 yen so please do not disclose your memo.” 
Before this, I trusted Lawyer Kawai since he was kindly asking me whether I had any trouble with CNIC and I gave him a lengthy memo what had happened.
I told Lawyer Kawai, “I am sorry I cannot accept such money.  I refuse to be obstructed for telling the truth.”

そして上記のように代表を務める原子力資料情報室の代表伴氏はつい最近、再稼働仕方ないと言っていた。

見せかけ反原発団体のアリバイ作り展覧会だ。「反原発へのいやがらせの歴史展」http://etc8.blog83.fc2.com/blog-entry-2114.html

そして情報室は子供の放射線への危険性を全く無視し、ありえないふざけた動画を公開!
This is the reality of CNIC.  After Fukushima accident, two boardmember lawyers are leading the lawsuits, while one co-director said that it is unavoidable to have the restart of nuclear power plant. 

They also say nothing about children’s health and evacuation issues and published the following unbelievable video ignoring children’s health.

youtube.com/watch?feature=…

反原発のアリバイ作りと言えば、もんじゅ西村事件の初出はなんと、山本太郎さんを誹謗中傷する新潮社です。『新潮45』の20053月号の表紙から。
西村トシ子さんが、夫の西村氏に動燃に殺されたという手記を書いています。外務省が核 の密約を自らばらし、NHKCIA正力松太郎に原発導入されたと94年に番組制作していると同様、本当にやばい情報はスキャンダルを少しでも和らげるた め、自分たちでばらしているのです。。。

私は99年から反原発になり、また今多くの人が疑問の声を発している原子力資料情報室にも実は、2001-2002年に半年ちょっと務めたこともありましたが、おかしな現象は嫌というほど見てきました。

皆さん、考えてみてください。市民団体や市民側はフリーパスです。推進側が人を送り込まないはずはありません。

すなわち、もっとも緊急かつ大事なイシューは回避する。内部被曝問題や、日本における地震と原発の問題はその際たるものでした。

そして今現在は、汚染地帯から子供の避難を明白に言わない団体や学者は、おかしいと考えていいでしょう。

話 を戻して、私が原子力資料情報室にいた当時、地震も起きていないのに、プレート境界の真上にある、浜岡原発で原子炉からの水漏れと、緊急冷却装置につな がる配管が爆発したというのに、地震と原発問題にまじめに取り組もうとしない。だから私は在職中に、スイスでの国際会議の後、一人でIAEAに行かせても らいました。(この分の交通費はもちろん自腹)

チェルノブイリの健康問題もまったくやらず、2001年か2年に日本で行ったチェルノブイリの記念講演では、なんと当時、原発推進のロシアの科学者を招聘していました。。。お疲れ様会で、隣に今中哲二氏と朝日の竹内記者が座っていて話をし、とても違和感を覚えた記憶があります。

また、内部告発や寄付もこういうところに集まっていたのでしょう。

なにより、うちわだけで情報を回すのです。会員制とかにして、大事な情報を会員にだけ回す。わかっているひとにだけ情報が届く。広がっていかない。

そして何より、米国の財団から、私が在籍していた当時は、予算の半分くらいが入っていました。

また、大事な事件もありました。六ヶ所村再処理工場が放射能で汚染される前に、六ヶ所村の村長が収賄の疑いが出たころ、自殺されてしまった。そして直後に六ヶ所村の村長選があったのですが、それに関しても、まったく動こうとしない

それどころか、なにも団体としてやらないので、ひとりで週末に六ヶ所村にえびつり漁をしていて隔年に反対している立候補者の高田さんを応援に行き、月曜に帰ってきたら、情報室のオフィスから数百メートルはなれた喫茶店で、共同代表3人(伴、西尾、山口の3氏)解雇を言い渡された。

そ してその後、なんと、竹野内さんのことは解雇していないと共同代表の山口氏にす ごい怖い顔で机を叩きながら怒鳴って、嘘をつかれました。私は首になったことより、うそつき呼ばわりされたのが悔しくて、怒鳴り返してしまいました。国民 の命を預かるといって過言でない、反原発団体のトップがこれでは、日本はどうしようもないと戦慄を覚えました。

その後、情報室に関する情報をA4で 40ページにわたり書き記し、そのころ私に近づいてきた浜岡原発反対運動をしていて情報室が動かなくてやはり怒ってい た弁護士に見せたら、「これを出したら情報室がつぶれてしまうから、20万ほど渡すと情報室が言っているから、とにかく一から反対派の団体を作るのは大変 だから、黙っていてくれ」と電話がかかってきました。

以来、私は反原発裁判の弁護士もどんなものなのだろうと思うようになりました。

だいたい、もんじゅ西村裁判の弁護士の海渡 雄一氏(社民党の福島みずほ氏のパートナー)は、反原発で有名な方で、福島でも裁判にかかわっていますが、なぜかもんじゅ西村事件で、一番大切な西村氏の 自殺・他殺を争点にしていません。西村さんの他殺を証明する医療カルテやX線写真が残っているにもかかわらずです。人ひとりが殺されており、西村夫人が手記でそのことを書いても、動燃からも誰からも反論も出ていない。このような大事なことが起きているのに、争点をはずしている理由が、私にはどうしてもわかりません。

西村夫人へのインタビュー記事はこちらをご覧ください。

http://takenouchimari.blogspot.jp/2013/04/blog-post_1741.html

子供の避難を避ける反原発連合もおかしい。また反原発連合と共同して官邸デモを行っていた共産党も、まったく子供の避難についていいません。

長年お手伝いしてきた肥田先生にも、甲状腺 がん27人の資料や、エートスプロジェクトに参加している共産党の人々のリスト、エートス側学者の伴信彦氏の白血病の発症メカニズムの資料など送ったら、 なんと私への攻撃の手紙をもらい、肥田先生とは私は完全に縁を切らせてもらいました。

内部被曝研究会という団体の人々複数からも内部被曝研究会がおかしいというメールが寄せられてきます。

本気で子供たちの被曝をなんとかしようという意気込みが見られず、足の引っ張り合いやらなんやらでエネルギーを費やしていると。そして集まったカンパの使用先も意味のない冊子つくりとかに費やされ、子供たちの被曝低減に使われていないと。

「さもありなん」と思いました。私も内部被ばく研究会の大御所、矢ケ崎先生に、自分の執筆協力した本が、ちょうど福島のジュンク堂でベスト10入りした時に、細かな難癖をつけられ、出版停止になったことがあります。

そして内部被曝研究会でも、矢ケ崎先生がおかしいと多くの人が声をあげています。

矢ケ崎氏は長文の手紙を内部被曝研究会に寄せていますが、肥田先生から私への手紙と同じく、まったくおかしなものでした。

(肥田先生も矢ケ崎先生も共産党系です。権力は右にも左にもおかしな人を配置するとは、まったく真実なのです!)

最近、疎開裁判の会でもML上でおかしな人々が、私のメールの細かな揚げ足取りで攻撃してきます。そのおかしな中心人物T氏に関しては、内部被曝研究会からも疎開裁判の会からも、複数、T氏はおかしいというメールや電話が寄せられています。

私が一人でどんどん行動するようにしているのは、おかしな人から邪魔されるのを防ぐためです。

ゲリラのように、アメーバのように動く。これでないと市民側は勝てません。権力側はしっかりおかしなひとを送り込んでいます。

ところで、おかしな現象は日本にとどまりません。

日本国内でも海外でもです。

悲しいことに、福島で甲状腺がんも増加している中、本気でどうにかしようと考えている団体や有名な人というのは、非常に限られていると思います。

このあたりのことは、竹野内真理ファイルにも書きました。ご覧ください。
http://takenouchimari.blogspot.jp/2013/06/blog-post.html

しかし、めげて入られません。子供たちを救うために、良心のある大人はひとりひとりが動かなければならない。

まず日本政府の決定がそのまま原子力政策に反映されてしまうので、政治家をどうにかする(そのためにスキャンダルを最近ブログに書いてます。自民党を追い落とせるのはスキャンダルだけだと思っています)

また米国政府に訴えるべきだとも。米国が怖がるのは、自分たちが支配している政治家や官僚ではなく、名もない多数の国民のはずだと思うからです。

とにかく、本当に子供を救いたい、世の中を動かしたいと思うなら、既存の団体や有名な学者や活動家に頼るのではなく、どんどん自分でよいと思うことを継続してやるべきです。それしかない、子供たちを救うためには。。。

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妊娠中の日本人女性の避難すぐ

positive-murder

The sentence: “What will our children think” – is an anachronism. Nothing they will think, because they lack the comparison. The whole organization of public life, of learning in schools and universities, the work of agencies, think tanks and experts has only one aim: The reality is taken as an always “self” updating structure, a constant presence. Thus, disasters become accidents, and accidents become an event. Embedded into “risks” – meaning nothing to worry about. Invisible disasters such as in Japan are perfect to persuade us, as if nothing had happened.
We should not rely on the power of our children, and simultaneously reduce their perception. But that’s what happens every day. Along with the radiation damage, each second.

Why are there protections hoaxes in cyberspace all the time? The sun flowers, the radiation eating bacteria, and the “positive thinking”?

Fake science, fake ethic, fake statistics: Denial of damages by definitions – what counts as cancer death, what not (see PSR / IPPNW estimating only 10,000 cancer deaths, numbers close to IAEA) or by strategic misinterpretation.

– keep claims for compensation small and / or unjustified (long time effects of radiation are not accepted by IAEA and WHO, and so by the Health Ministry

– keep evacuation zones small (saves money)

– The invention of trivialization of nuclear accidents

Limitation of the policy of Decontamination

integrate irradiated areas into economy

– (increasing or flexible) dose limits for all people

– To force the Japanese population to accept on behalf of the economic efficiency unhealthy living conditions and irradiated food and irradiated water

– To relieve TEPCO: The burden of proof is imposed on the victims rather than on the polluter of radiation

RESULT: The industry can go on.

Who is behind all this? Well, here is your answer:

Rockefeller founded many organisations and think tanks during World War II. The search was on, for Mind Technology during War Times, to be implemented into the masses, the public. The dream of a solider who sacrifices oneself (like a japanese kamikaze) for the rulers, without even thinking of it. The public sould become like this, the normal man, even the pregnant women.

Plus, according to World’s Radiation “Protection” Agency ICRP, the human fetus does not count as a “loss” – quote: “The most important consideration is the generally accepted value judgment that early embryonic losses are of little personal or social concern.” Dr R. Mole, 1979, a member of ICRP – The international committee which makes the dose limits WORLDWIDE ignores LIFE. http://bjr.birjournals.org/content/52/614/89

Here is the focus on social and personal concern. We will see the words again down below in this article: “concern” / “social” – because to the rulers, that is all what counts. Not radiation damage, but “concern” and “social impact” on society, caused by fear (they call it radiophobia). So, they shift the real thing away and replace it by virtual terms.

Back to history:

Among these organisations and agencies founded was the Centre d’Etudes de Problemes Humaines de Travail, which today is the Centre d’études de l’emploi (CREAPT): http://www.cee-recherche.fr/partenariats-et-evenements/partenariats/creapt

Founded at the same time was also the Association pour la Recherche er L’Intervention Psycho-sociologiques in France: http://www.arip-ics.org

10 years before Chernobyl the Centre d’étude sur l’Evaluation de la Protection dans le domaine Nucléaire was founded: http://www.cepn.asso.fr/en/

As they say on their website, this program has four members (financing) their research: “The association currently has four members: the French public electricity generating utility (EDF), the Institute of Radiological Protection and Nuclear Safety (IRSN), the French Alternatives Energies and Atomic Energy Commission (CEA) and AREVA.”

What has CEPN done? Well, it founded Radiation “Protection” Programs in Belarus and Japan: CORE and ETHOS:

In Japan is the Psychological Institute at Kyushu University, which is represented by the Graduate School of Human-Environment Studies: http://www.hues.kyushu-u.ac.jp/english/

Universities are the breeding nests for these experts with their toliet paper studies.

In the U.S.A. there is of course the American Medical Association and the American Psychatric Association: http://www.ama-assn.org/ama and https://www.psychiatry.org/

Reactors explode, irradiate the masses and these organisations, brainwash the victims to stay where they are, in irradiated areas. This avoids the cost explosion of evacuation of maybe hundreds of millions of people. With their psychological power they transform the public, the media, the politicians, and even the victims’s thinking, that nothing is as bad as it seems, that one could protect againt radiation effects. By simply saying yes to low irradiated food and positive thinking (“Smile” by “Yamashita” in Japan).

The Nuclear Industrial Military Complex melts cores and vents it outsite, expöodes reactors, and then studies the effects via their own programs, and forces the people into the role of guinea pigs. They eat up all remaining NGOs. And then act as if they would work for the people. Our perception is then brainwashed by their psychological task force. This causes a psychotic holocaust, which then becomes a cellular holocaust, because of the radiation. Normally this kind of reversing something, a good thing which is bad, feels quite “satanic”.

“For a quarter of a century a systematic crime against humanity has been perpetrated by people in senior positions at the heart of Europe. The people living in Western Europe, so advanced technologically, remain indifferent and largely disinformed. In order to preserve the consensus around the military and civilian nuclear industry, the nuclear lobby and the official medical establishment have, for the past 26 years, knowingly condemned millions of human guinea pigs to an experiment on their bodies with new diseases in the vast laboratory provided by the territories contaminated by Chernobyl. Children are being treated like laboratory animals, under observation from French and German scientists, and French NGO’s like the CEPN, Mutadis Consultants, ETHOS and CORE, who must take their share of the responsibility. (Translator’s note: CEPN is the Centre d’étude sur l’Evaluation de la Protection dans le domaine Nucléaire ; Mutadis, ETHOS and CORE are all offshoots of the French nuclear industry, financed either through Electricité de France or the Autorité de Sureté Nucléaire.) The same fate awaits the Japanese people and their children living in areas contaminated by the Fukushima disaster because the same strategy is being put in place in Japan with the same players, the same pseudo-scientific justifications and under the aegis of the same authorities.” MORE: http://independentwho.org

This is the reason, why there is this radiation “Protection” hoax going around, from sun flowers, to bacteria, that eat radiation and event the crazy “think positive” ideology, especially in Japan’s culture and the 2011 aftermath. It is all done by the same people, who caused all these disasters. In Japan the Hiroshima and Nagsaki museums and symposiums are used against the nuclear bombs, but FOR the nuclear industry. Japan is the victim of world’s most effective propaganda, which turned the whole society and even thinking into a pro nuclear mind.

Here is a typical, cynical statements which shows it all, it was said b a CORE expert in Belarus:

If we continue to treat them like victims, they feel like victims” Zoya I. Trafimchik, coordinator of the CORE program: http://www.climateark.org/shared/reader/welcome.aspx?linkid=55022&keybold=nuclear%20AND%20%20accident%20AND%20%20fallout%20AND%20%20land

This is the Crime of CORE. Mind Control of the Radiation Victims, and then Peaceful Murdering them.

The Main Pro Nuclear Program in Japan is ETHOS right now, acting as if they help the victims: http://ethos-fukushima.blogspot.de/

To understand this criminal program in Japan, look at the CORE program in Belarus: The Budget of the CORE program: 5 Million EUROs was the CORE budget. But there are also papers which show a Budget of 4 Million EUROs. The truth is: You need Billions of EUROs to “handle” Chernobyl: More than 6 Million people are still living in irradiated areas in Belarus. How to evacuate them? Build endless houses? Why such a small budget? If you would push more money into it you would admit that Chernobyl was what it was: An unpayable Catastrophe. And one 2nd thing: You would admit that atomic power is unpayable – none of the atomic reactors on this planet are assured. A big crash like the Chernobyl one would cause a damage of 2 – 5,000,000,000,000 EUROs in the U.S. or in the E.U.

Here is an Opinion about CORE Program: http://spring96.org/en/news/1244

Chernobyl program CORE has the aim to “end” Chernobyl. By helping people to die (not to live!) in irradiated areas. The only state supported program.

The Chernobyl aid-program in Belarus was stopped in 1994 / 95: PAGE 62 of this presentation : http://www.life-upgrade.com/DATA/NesterenkoChernobyl-Belarus.pdf and a new “pro nuclear” program replaced it

CORE – or “on how to end Chernobyl (atomic reactor explosion 1986 / radiation) and the resettlement of people in contaminated areas in Belarus”

CORE – from “Cooperation” and “Rehabilitation”. Rehabilitation means: Restoration.

CORE – program launched in Belarus: “Bragin”, “Chetschersk”, “Slavgorod” and “Stolin”.

CORE – the successor program of the failed program “ETHOS” http://www.cepn.asso.fr/en/publications/communications/102-radiation-protection-culture-at-school-lessons-from-the-ethos-and-core-projects-in-belarus.html

(http://www.cepn.asso.fr/spip.php?article56).

The already existing Chernobyl NGO’s do not play a role in the CORE program, beside themself participate on CORE – with their own (already short) budget – raised from international donations. Pro nuclear programs CORE and SAGE are powered by french atomic industry: EDF, Areva and the CEA. http://web.archive.org/web/20080110114120/http://www.truthout.org/cgi-bin/artman/exec/view.cgi/34/10015

“…the IAEA will endeavour to organize conferences, seminars and workshops, in cooperation with the University, with the aim of enhancing public awareness of radiological effects on human health and addressing the issue of “radiation fear” and post-traumatic stress disorders in the Fukushima population…” http://www.mofa.go.jp/policy/energy/fukushima_2012/pdfs/fukushima_iaea_en_06.pdf

“it is recognized by the World Health Organization that the International Atomic Energy Agency has the primary responsibility for encouraging, assisting and coordinating research and development and practical application of atomic energy for peaceful uses throughout the world without prejudice to the right of the World Health Organization to concern itself with promoting, developing, assisting and coordinating international health work, including research, in all its aspects.” http://www.iaea.org/Publications/Documents/Infcircs/Others/inf20.shtml#note_c

It is remarkable how reports always include “stress” / “fear” / “might” / “concern” / “risk” / “Danger” in their headlines and MAINgoals of reporting. The real damage occurring moves into the background. The dead, the injured, not worth looking at, only the concern counts. This is important, especially during nuclear catastrophes (which never end), to create the illusion of an “end”, to overcome the “current situation”. This is not about hope or strength, but to cover up, so that the Holocaust industry can live on.

Nourished by the death of children, sponsored by the IAEA and the World Health Organization. I present you two instruments which are used: 1) The invention of an unethical, non-medical term: “Radiophobia” and 2) the exclusion of NGOs as alarmists. Compare everything you have read and seen with this information. Be ready to see everything in a totally new light. Even the term “stress” is today overused, for everything, as if stress is something new in human history and could be responsible for all the diseases. It’s not. Internal Emitters from Reactors are. Risk is a virtual term, which conceals existing, current, happening damage.

Japanese people hear it from Fukshima day One: “Panic and fear of radiation is much worse than radiation itself” At the Chernobyl IAEA forum the term “Radiophobia” was invented and used: “What’s worse, the IAEA is going public these days with statements ridiculing the so called “radiophobia” of the population and calling for an end of aid programs, which, according to the IAEA report of 2005, only serve to instil a victim mentality in a totally healthy population – a claim not only cynical, but potentially dangerous for the health of the affected population.” Source: http://www.ippnw-students.org/chernobyl/coverup.html

It’s not only IAEA, ETHOS or UNSCEAR. It is also PSR / IPPNW:

IPPNW / PSR: 10,000 cancer deaths in Japan: http://nuclearhotseat.com/2016/03/16/nuclear-hotseat-247-psrippnw-report-10000-excess-cancer-cases-post-fukushima-thomasson-rosen-mousseau-alvarez/

Admitting something, denying anything.

What’s the difference to IAEA? Here:

IAEA once said “9,000 excess Chernobyl cancer deaths”: http://www.chernobylreport.org/?p=summary

 Depopulation = Demographic Change.

 

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妊娠中の日本人女性の避難す

30 years since the Chernobyl Explosions and it were only the NGOs doing the real work, while officials threatened them.

A new project by an italian NGO and Yury Bandazhevsky: Food is provided for the children: http://chernobyl-today.org/index.php?option=com_content&view=article&id=96%3Ahumanitarian-support&catid=18%3Aactivities&Itemid=38&lang=en

More about the vital work and research of Prof. Bandazhevsky, written by Mari Takenouchi: http://savekidsjapan.blogspot.de/2015/10/important-bandazhevskys-latest-studies.html

The findings of Bandazhevsky:

Prolonged incorporation of radioisotope in the organism more than 30 Bq/kg is very undesirable, because could lead to the serious consequences: structural and metabolic alterations, energetic deficit, impairment of their functions, death, cell’s poison, cardiomyopathy, cardiac rhythm disturbance, and contraction function of myocardium, spasm of peripheral vessels – Page 26: http://www.chernobyl-today.org/images/stories/Bandajevski_2001_Radiocaesium_and_heart.pdf

Of the 248 children who are in the Belarusian village Bartolomewka at home, half suffering from chronic tonsillitis, epistaxis and resulting anemia, more frequent colds and general immune weakness. Physician assistants Suglob: “Even the eyesight deteriorates more and more.”

500 Bequerel per Kilogram – japanese limit IS MURDER. Why: we can rightly consider the Cesium-137 in relatively small doses (20-30 Bq/kg); a breach of the regulatory processes in the body: PAGE 2 – 3: http://chernobyl-today.org/images/stories/BANDAJEVSKI_UNSCEAR_-_REUTERS_Sept_22nd_2010_Eng_V2.pdf

“cesium is easy to accumulate in the heart”

“50 Becquerel break your heart rhythm at 20 to 30 becquerel per kilogram of body weight” (CHILDREN!)

“if, during pregnancy, there is more than 200 becquerel per kilogram of cesium in the placenta it can lead to sudden death of the child”

https://tekknorg.wordpress.com/2012/03/24/%E5%B0%82%E9%96%80%E5%AE%B6-%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%80%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC-%E6%97%A5%E6%9C%AC-belarusian-chernobyl-and-c/

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妊娠中の日本人女性の避難すぐ

This articile is reblogged here with the permission of the Mari Takenouchi of http://savekidsjapan.blogspot.jp

2014 Sep 2014年9月追記

TV Asahi director who covered thyroid cancer in Fukushima (maybe he was the only one in mainstream media in Japan) died suddenly and the police reported that he committed a suicide.  However, strangely, this case has not been reported by any media at all.

It is not known worldwide, but in Japan, there have been mysterious deaths related to nuclear industry in the past…for example…

報道ステーションで福島の子供の甲状腺がんのニュースを報道したTV朝日のディレクターが突然死亡。警察によると自殺だそうですが、なぜまったく報道されないのか理解できません。

原子力や被曝問題に関わる死亡事件で理解できないことはこれまでもありました。例えば。。。

TEPCO female office worker murder case. The suspect was proven to be innocent and the DNA of the true murderer was found from the victim.  However, the police is not looking for this true murderer…  http://en.wikipedia.org/wiki/Murder_of_Yasuko_Watanabe

And there is another one which has even medical record proof, which is called, Monju (Fast Breeder Reactor) Nishimura Case.

東電OL殺人事件。マイナリ被告の冤罪はニュースになったが、真犯人を探すことが、全くニュースにならないのはどういうことだろう!!被害者の爪の中から犯人の男のDNAまでわかっているのに!
以下は、東電OL事件ほど知られていませんが、医療カルテの証拠もある、原子力村による殺人の記録です。殺人と並んで恐ろしいのが、市民側の著名反原発弁護士が裁判で「殺人」の争点を取り上げないところです。
もんじゅ西村事件を説明する竹野内真理

Monju Nishimura Case explained by Mari Takenouchi

もんじゅ西村事件の概要
Summary of Monju Nishimura Case
49歳で他界された西村成生さん

Mr. Shigeo Nishimura died at age 49

自殺したとされているが、医療カルテやX線写真で他殺が疑われている。

(Allegedly committed a suicide, but homicide higly suspected for his medical records and X-ray photoes)

2014年「反原発嫌がらせ展」にて、来場者の一人が、当時、西村さんの担当した海渡 雄一弁護士に、原発関連の事件は、明らかな殺人や不審死であっても自殺にされる。当時、刑事裁判にできなかったのかと問うと、海渡弁護士の顔から笑みが消 え、厳しい表情で頷き、時間きれで話しを切った。

Mr. Yuichi Kaido, the lawyer for this case didn’t make it as a criminarl case over the homicide though there are abundant of proofs including medical records and X-ray photoes.  He has’t given any clear answer why he didn’t fight over the “homicide” at the court…

夫の遺影を持つ西村トシ子夫人

Mrs. Toshiko Nishimura carrying her late husband photo

1995年もんじゅ事故が起き、ビデオ隠しがあり、マスコミが追跡中にもんじゅ事故調 査担当の西村成生(49歳)が自殺と見せかけ殺されました。私はご遺族にも直接話を聞き、医療カルテやX線写真、遺体の写真を直接見せてもらいました。8 階からの飛び降りの遺体ではなく複数の法医学者が他殺と断定

In 1995, Monju sodium leak and explosion accident occured and Donen Co., was accused of concealing the videotapes of the accident site.  During the media fuss, the Monju accident investigation team leader, Mr. Shigeo Nishimura (49) was suspected to have killed under the disguise of suicide.  I myself visited Mrs. Nishimura’s house and saw the medical records and X-ray photoes.  According to Mrs. Nishimura, multiple number of forensic doctors judged that Mr. Nishimura was killed by somebody, not killed himself.

8階から飛び降り自殺したとされている西村氏の頭蓋骨写真

新聞報道とは裏腹に、頭蓋骨にも鎖骨にも頸椎にも骨折は見られない。

X-ray photo of Mr. Nishimura after jumping off from the 8th floor

No fractures on his skull, neck, or sholders were seen contrary to the newspaper report.

脳幹部分に白く空気の混入および筋肉筋が見られる。飛び降りではなく、殴殺であり死亡まで時間がかかったとみられる。

Trace of white air intrusion is observed in the brain stem and chest muschles.  These show that there was some progress of time before he died after he got injury, and thus he didn’t kill himself instanteneously by jumping off from the 8th floor.

深部体温から死亡時刻が合わず、その時間にホテルに行っていない可能性。宿帳にも記載なし。
The reported time of his death did not much with his deep body temperature, which implies that he had not been to the hotel where he committed suicide.  There was no signature of him on the hotel registration card either.
遺書の最後日時の数字の筆跡が異なる。遺書は社用便箋、死んだ後、筆記用具が行方不明。遺書は「マスコミが騒ぎすぎるのを批難」し、その後マスコミは鎮静化。

The handwriting of the numbers at the bottom of his suicide note was different from the ones of Mr. Nishimura.  His suicide note criticized the fuss made by the media and media companies refrained from reporting on Monju accident then after.

おかしなことに、動燃理事長が遺書の内容をなぜか変更しながら読んだ。
Strangely, the board director of Donen changed the contents of Mr. Nishimura’s suicide note.

2005年雑誌『新潮45』に、西村夫人が他殺説の記事を発表したが、動燃から反論一切来ず。

Most of all, when Mrs. Nishimura wrote an article accusing Donen as a potential suspect of Mr. Nishimura’s death in 2005 on a monthly magazine, Shincho 45, there was not a single counterargument from Donen.

『新潮45』2005年3月号、表紙の下から2行目には、以下のタイトル
”私の夫は「動燃」に殺された!「もんじゅ事故」の暗部を追った9年間 西村トシ子
Cover of “Shincho 45” March 2005 with 2nd line from bottom saying,
“My Husband was Killed by Donen!  9 years of Quest for Darkside of Monju Accident”

そして不思議なことに、もんじゅ西村裁判では、西村さん側の弁護士さんが、なぜかこの一番大事な、「自殺なのか・他殺なのか」という争点を抜かしていらっしゃるのです。以下は、海渡雄一弁護士によるもんじゅ西村事件のブログです。http://www.news-pj.net/npj/2007/dounen-20071020.html …

Quite strangely, in Monju Nishimura Case, the attorney Mr. Yuichi Kaido had not mentioned the argument, “Was it suicide or homicide?”  Here is the blog of Mr. Yuichi Kaido who was on the side of the plaintiff Mrs. Toshiko Nishimura http://www.news-pj.net/npj/2007/dounen-20071020.html …

西村氏の医療カルテやX線写真で、他殺なのは明らかなのに、私はどうしてもここがわからないのです。

I really cannot under stand this point, since “homicide” is quite obvious from Mr. Nishimura’s medical record and X-ray photoes.

ちなみに西村さん側の海渡雄一弁護士は、昔から反原発裁判に多くかかわっている有名な方で、福島みずほ社民党党首のパートナーの方。

今も福島告訴原告団の弁護士で、原子力資料情報室の役員。

米のフォーリンポリシー紙にて、世界の100人に選ばれ、産経新聞が掲載しています。http://eritokyo.jp/independent/aoyama-fnp11155…html …

Mr. Yuichi Kaido is a famous anti-nuke lawyer who is also the partner of Ms. Mizuho Fukushima, the leader of Social Democratic Party.

Mr. Kaido is a board member of Citizens Nuclear Information Center and currently fighting as a lawyer for Fukushima Indictment Lawsuit.

Both of them were chosen as the World 100 people in the US magazine, “Foreign Policy” and the news was carried in New York Times and Sankei Newspaper (right winged newspaper in Japan).http://eritokyo.jp/independent/aoyama-fnp11155…html …

米、フォーリンポリシー紙で世界の100人に選ばれ、NYタイムズに記事が載っている海渡雄一氏と福島みずほ氏。
http://www.nytimes.com/2011/08/20/world/asia/20kaido.html?pagewanted=all&_r=0

Attorney Yuichi Kaido and SDP Leader Mizuho Fukushima, chosen as the World 100 in the magazine “Foreign Policy” (photo of NewYork Times article)

ちなみに他殺を強く疑うようになった西村さんは、海渡弁護士の前には、原子力資料情報室の西尾漠氏のところに話を持っていきましたが、西尾氏には、「こういうニュースは扱えません」とすぐに拒否されてしまったそうです。

(ただし、海渡弁護士も原子力資料情報室の役員でもあるので、同じ組織の中でたらいまわしにあったわけですね。でも裁判では、他殺の件は無視された。。。)

When Mrs. Nishimura began suspecting a homicide of her husband, she went to see Mr. Baku Nishio, the Co-director of Citizens’ Nuclear Information Center (CNIC, Japan’s biggest anti-nuke organization) for consultation.  However, Mr. Nishio’s reply was, “We cannot deal with this kind of information.”

(But Mr. Yuichi Kaido is a board member of CNIC and in the end, “Mr. Nishimura’s homicide” was ignored in the trial.)

この海渡雄一弁護士は、反原発弁護士の中心的人物であり、福島原発原告団の弁護士でもあり、反原発市民団体の中心的人物。それを指摘したら、なぜか多くの市民活動家がそれを無視して私を攻撃しています。
http://takenouchimari.blogspot.jp/2013/10/blog-post_26.html

また、1月18日、19日に行われる第二回「反原発嫌がらせ展」の主催者の一人でもあります。

前回の反原発嫌がらせ展について
http://fukushimaworkerslist.blogspot.jp/2013/06/blog-post.html

すなわち、著名な反原発弁護士(海渡雄一氏=福島みずほ氏のパートナー)が、実は権力側の原子力村による殺人を隠ぺいし、それを、多くの反原発団体がひたすら無視しているという恐ろしい構図があります。。。

以下は、さらにもんじゅ西村事件について知りたい人のためのものです。
私は事故前にご遺族のお家に3回ほど行ってお話を聞かせてもらいました。
(長文失礼)

西村トシ子さんへのインタビュー By 竹野内真理

Interview with Toshiko Nishimura   by Mari Takenouchi

* 注:この取材メモを見せたら、NHKディレクターの林勝彦氏が、「こんな国家の根幹にかかわるような事件を俺が番組にするわけないだろう」と私に捨て台詞 を吐いたのでした。この林氏は、その前まで原発についての番組を作るから、いくつも企画を見せてみなさいと言い、私から情報を集め何もしてくれませんでし た。後から林氏が、NHK従軍慰安婦問題番組改ざんの裁判でも被告であったことを知りました。

Note: When I showed my following script, NHK director Katsuhiko Hayashi disregarded it saying, “I would never make any program on such an issue which could topple the very foundation of the nation.”  Before showing this, Mr. Hayashi asked me to write several plans for anti-nuke TV programs so that he would help making them, which was a lie and he only intended to gather information from me.

この話についてはこちらもどうぞ
As for this story, please see below.→

Save Kids Japan: X) マスコミの大罪:NHKと読売新聞 Sins of Japanese Media http://savekidsjapan.blogspot.com/2013/01/x-sins-of-japanese-media.html?spref=tw

N:西村 Toshiko Nishimura
M:私  Mari Takenouchi

M:警察がからんでいるというと?

M: What do you mean by the involvement of the police?

N:警察がうそを発表した。警視庁に記者クラブが入っているので、それ以外はTV局の人も入れなくなってしまう。もちろん警察は大きく絡んでいると思う。皆警察から情報もらっているから、なにも出来なくなる。警視庁の記者クラブから排除されると。じれったい。やれる範囲内でやるしかないが。

N: The police announced falsified news.  The Metropolitan Police Department has its own press club, and other people cannot enter it without any exception.  Even TV people cannot get in.  Of course, the police is deeply involved in this case.  Everybody gets information from the police, so we cannot do anything once we get ousted from the press club.  It is so frustrating that we should manage to do things only in our scope of actions.

N:現場を何回か見に行った。結びつかない部分がある。遺体が8階から飛び降りたものでない。頭がパンクしたり、体がパンクしたり、といったものでなく、なぐられて殺害され、体がパンパンに腫れた状態だった。警察に言って聞いたが、警察は飛び降りに間違いないと言う。

I went to see the site number of times.  There were some mysterious points. First the body was not the which fell from the 8th floor.  My husband head or body didn’t have any rupture.  Rather, he seemed to have been swallen from being battered and killed.  I went to the MPD to ask this point, but the police said that it was undoubtedly jump-off suicide.

N: 現場の写真は警察も取らなかった。救急車で運ばれる前に行っているのに。警察で取っている写真は担架に載って、現場の駐車場で道路の手前でうつぶせになり 背広を着ているものだけ。固まっている体だった。異常な状態。気をつけした状態で真下を見ていた。普通は横を向けたりするのが、固まっているから首も横も 向けられないような完全に硬直している写真だった。それで、警察に「これはなんなの?」とたずねた。

N: The police even didn’t take photoes of the site.  The police went to the site before the ambulance came.  The only photo the police took was in the parking lot where my husband was lying on the stretch with his face down in his suit.  His body looked hard and strange (considering he had jumped off from the 8th floor), because he lay with his face down and his arms straight on each side of his body.  Usually, they lay a dead body with his face sideways, but the body on the photo seemed to be so hard that nobody could turn his neck.  So I asked the police, “What is this?”

M:飛び降りた人の状態ではないですよね。

M: It doesn’t seem to be a person’s body who jumped off from the building.

N:飛 び降りた人なら、落ちたところを写真を撮っているはず。たくさん取っているはずが、一枚だけしか見せてもらっていない。背広の後ろとズボンにカキザキが 入っていた。上から飛び降りてそんなのありっこない。素人が見てもおかしい。靴も、はいたままか、とんでもないところにないとおかしい。それが担架の左右 にあった。おかしい。

N: If he really jumped off, a number of photoes should have been taken on the spot where he fell down.  But I saw only one.  He also had ripped trouser bottom.  I don’t think there could be ripps on such a place if he fell of the building  I am a layman but it really looked strange.  The shoes should have been on his foot or been scattered apart.  But in stead, they were on both side of the stretcher.  It really looked funny.

M:警察の怪しげな行動があったと聞きましたが。

M: Were there any strange reaction from the police?

N:こちらから名刺を渡し、立会人も連れて行った。3回 目に言った時に、調書を見せてくれた。まずは本庁に言ったが、受け付けられず、後日警視庁の中央署にアポを取っていった。まず名刺を出したが、刑事課長は 名刺渡せないという。課長代理の広瀬さんは名刺をくれた。主に課長代理が説明したが、課長ははそばに居て、時々説明に加わる。写真の時に課長が説明しよう とした。カキザキを聞いたら、筋肉が膨張して破れたのだという。冬物のウールが破れるものかなあと。説得力ないな、隠しているものがあるなと思った。

N: I visited the police with an observer and gave my business card.  When I visited the third time, the police showed me the investigation note.  To see this investigation note, I went to the headquarter of MPD, but I was rejected, so I made an appointment with the MPD central station to see them on another day.  There, I gave my business card to a leutenant chief but he said he could not give his business card to me.  In stead, the acting leutenant chief Mr. Hirose gave me a card.  The acting chief was giving main explanation and the chief joined once in a while.  On looking at the photo, the leutenant chief tried to explan the reason of the rips.  He said that Mr. Nishimura’s muscle was swallen so that the throuser bottom was ripped.  I was thinking to myself, “Could it be possible to have ripps on the winter wool trousers?  The leutenant chief was not quite convincing.  He may be hiding something.”

N:遺体の写真がそれしかないのは、おかしい。他にあるものは出してこない。そんなの説得力ない。どこかから担架に持ってきたのではないかと思った。

N: It is quite strange that the photo was the only one.  The police didn’t let me see other photos, and I could not be convinced by them.  I even guessed that the police could have carried him on the stretcher from somewhere else.

N:レントゲン写真は5月 の始めにレントゲンの写真入手することで来た。それまで一年は警察か動燃かに行っていたがなかった。聖路加国際病院で持っているとは気づいてなかった。先 生(医者)に電話したら、なぜもっと早く電話しなかったかと言われた。もしかしたら何かあるのかしらと思った。一週間以内に会った。そしたら、いろいろ話 してくれた。「聖路加に運ばれた時は亡くなって十時間たっていた」と言われた。そうだとしたら、ホテルなんて泊まってない。記者会見のときが十時間前でし たから。

N: I was able to obtain the X-ray photo in the beginning of May.  Until then, about a year or so, the photo had not retained the X-ray photo in the police or in Donen, but they didn’t show that to me.

I was not aware that the X-ray photo was retained in St. Luke’s International Hospital.  As I got aware of that, I called the doctor to make an appointment, he told me, “why didn’t you call me earlier?” So I thought to myself, “Maybe there is something about my husband death.” I met the doctor within a week.

The doctor told me various things. “When Mr. Nishimura was carried into the hospital, he had been dead for 10 hours.”  If that was the case, he could not have stayed at the hotel!  Because 10 hour prior was the time of his press conference.

N:変だなあと思った。聖路加には動燃の人がいっぱいいて先生は近づけなかったと言う。

N: I thought that was so strange.  At the time of incident, there were so many people from Donen, and he could not make his way.

M:先生から西村さんにコンタクトしてくれても良かった。10時間の根拠は?

M: The doctor could have contacted you (Mrs. Nishimura) from his side.  What about this 10 hour prior death?

N:深 部体温と遺体の写真。写真が一番わかりやすい。書類にも書いてあるが写真がわかりやすい。レントゲンも取った。レントゲン写真も渡したいと言われた。一週 間以内に取りに来て欲しいと言われた。一週間以内に取りに行ったら、新聞などで言われた頭蓋骨骨折や胸がばらばらというのは違った。私が見た遺体は全然き れいだった。外で見たら頭蓋骨に骨折なし。法医学教室に行って見てもらいもした。レントゲン専門技師も呼んで説明してもらう。頭蓋骨は骨折していないと。 慈恵医大の人だった。

N: The photo of deep temperature and the photoes show.  Photoes  in the medical report show most clear evidene.  X-ray was taken, too. The doctor told me that he wanted to pass me the photoes.  He asked me to take the photoes within a week.  When I visited him to receive the X-ray photoes, they didn’t show any fractures of skull or chest parts which were reported on the newspaper.  The X-ray I saw had no injuries.  I didn’t see any fractures on the skull. I took the X-ray photoes to forensic doctor.  The doctor called in some X-ray technician and he also gave eplanation.  He said that there is no fracture on the skull.  He was from Jikei-Idai Hospital.

N:深部体温は、例えば、直腸体温、聖路加の場合は頭の中央。ここは血液の粘土質があって、体型や性別年齢に関わらず、正確な数字が出てくる。生きている人は37度。なくなると体温下がっていって、主人の体温は27度でカルテに3箇所書いてある。10度下がっているので、10時間前になくなっている。一時間に一度下がる。

N: The deep temperature is taken at rectum or at central part of the head (The latter method is taken at St. Luke Hospital.)  Regardless of physique, sex, age, here is some argillaceous blood and accurate figures can be taken.  Living human beings have 37 degrees celsius but when a person dies, this temperature goes down and my husband was 27 degrees, which was written at 3 places of his medical record.  Since the temperature went down by 10 degrees, he should have died 10 hours prior.  When a person dies, this temperature goes down by one degree each hour.

N:推定死亡時刻が合っていない。死体検案書では朝の5時になっている。ホテルにとまりに行ったのが0時45分と警察発表。すでにその時間にはなくなっている。そうするとホテルに泊まっていた事実が覆される。

N: The estimated death time did not match with the deep body temperature.  According to the necroscopy report, his death time was 5 am.  The police announced that he went to the hotel at 0:45 am.  However, according to the estimated death time from his deep body temperature, by then, he should have been dead.  If that was the case, he even didn’t stay at the hotel.

N:記者会見が10時5分まで。その後、ホテルに行くちょっと前にはもうなくなっている計算。
N: The press conference was until 10:05 pm.  Based on the calculation from the deep body temperature, my husband should have been dead before he arrives at the hotel.

N:外でなくなった場合と部屋でなくなった場合違う。外の気温は6度くらい。

N: The estimated death time differes whether he died outside or inside.  At that time, the outside temperature was around 6 degrees celsius.

13日の6時ごろ発見。気温が全部出ていた。一時間毎の大手町で測っている気象庁で測っている気温を考えてやると、今度は・・・法医学の教科書があって、時間当たりの直腸温度があって、これを見ていくと、ここは10時間以内。ここは37度、ここが生きている人。27度になっている。10時間はたっている。テキストどおりに見れば27度であれば10時間たっている。細かい計算だが、これはちょうどいい。

His body was found around 6 am on the 13th.   According to the temperature measured at each hour by the Meteriological Agency and the forensic text book, here you can see that he had died within 10 hour prior, since his deep temperature became 27.  10 hours had passed before his death according to the textbook.  This is rather a detailed calculation but these materials are good references.

N:ホテルの外でなくなっているなら、0時45には亡くなっている筈。ホテルに入る前だ。部屋の中であれば、20度くらいとして、もっと早い時間になくなっている。外で最悪の状態としても、ホテルに入る前になくなっているのだから、:ホテルに泊まったという事が、体温から見ると計算にあわない。
N: If he died outside of the hotel, he should have died at 0:45 at the latest.  That is before he came to the hotel.  If he had been inside the hotel room which should be around 20 degrees, he should have been dead earlier than this.  Even if he had been dead outside, according to his deep body temperature, he should have been dead before he entered the hotel.  So the very fact that he stayed at the hotel does not match with his deep body temperature.

N:これがレントゲン写真の頭蓋骨。この横向きのレントゲン写真でおかしいところがあるのだが、この白くなっているところは、空気が入ったら、人間は呼吸できなくなる。脳幹の上のところに空気が入ると人間は呼吸できなくなり、死亡してしまう。

N: This is the X-ray photo of his skull from the sideways.  There is one mysterious point on this.  The white part shows the inclusion of air, which disables a person to breath.  If there is air inclusion in the brain stem, that person cannot breath and die.

N:聖路加の先生によると、鼻の骨がやられてそっから空気が入ったんでしょうと。鼻から殴られて、鼻がへこんでそして脳幹のところに空気が入ってそれでやられたんでしょうと。先生は最初に見たのだから、わかっている。多分そうでしょうといった。

N: The doctor at St. Luke Hospital said, “Probably his nose bone was damaged and the air came in from there.  He was punched on his nose and his nose was busted, and then the air came into his brain stem.”  The doctor saw my husband body first, so he should know.  The doctor said that was most probable.

N:こ こら辺に筋肉の筋が入っている。生きている人は筋肉の筋はうつらない。横隔膜、肺が破れると空気が流れていく。筋肉に筋が入るのには時間が掛かっているは ず。筋肉に空気が入るのに時間掛かる。即死でなくて、亡くなるまでに時間掛かっているはずだと。即死だと空気が流れない。

N: Also, there are traces of stripes in the muscle here and there.  There cannot be this kind of stripes in alive body.  When diaphragm or lungs are ruptured, air flows into the muscle.  Before these stripes appear on the muscle, there should be certain progress of time, because it does take time before the air actually intrudes into the muschle.  Therefore, my husband didn’t die on the spot, and in stead, he died after some time.  If he died on the spot, the air could be flown in.
N:ア バラも鎖骨も折れてなくて、背筋もまっすぐ。上から落ちたらこんなものですまない。この辺の肋骨が折れているだけだった。その辺がおかしい。警察発表と全 然違う。報道機関に持っていっても何食わぬ顔。警察が言っているからと。警察が訂正しないと訂正できないと。どこにいったら本当のことを訴えられるのだろ う。

N: His ribs or shoulder bones were not broken and his spine was straignt.  If he fell off from the building, they could be like these.  In his case, only a few ribs were broken.  Strange, but the reality was totally different from what the police had announced.  I took these photoes to the media companies, but media people didn’t respond, saying, “But the police said this and that.  We cannot make correction unless the police makes the correction.”

Where can I report this to?

N:そのうち自分も体調も悪くなって、精神不安定になって。1年くらいはね。調べだしてレントゲンとか出てきたら、自分自身落ち着いてきた。動燃や警察はいくら聞いても絶対説明してくれなかった。飛び降り自殺と言われても、遺体がそうでなかったからどうしてもおかしいと思った。

N: After my husband death, I became sick myself physically and my mental status became unstable for about a year or so.  But when I started searching and saw the X-ray photo, I came to myself.  Donen and the police had never given me proper explanation no matter how I asked.  Though they insisted that my husband committed a suicide, I thought it was so strange since the body didn’t tell so.

N: 主人がなくなってから世の中も動燃も警察の動きもおかしかったので、なくなった前後から日記をつけ始め、全部で250ペー ジ以上になった。なかなか刑事事件にならないので、なんとかして自分の経験や耐えてきたことを出せないかと思ったときに、新潮45で出したらどうかと言う 話があり、経緯を出すことになった。裁判に関係ないことも日記に書いた。「私の夫は動燃に殺された」というタイトル。

N: Since my husband passed away, the move of Donen, the police, and the society as a whole was unusual, so I started keeping a diary around that time.  I wrote more than 250 pages.  Since my husband case did not become a criminal case, I wanted to release what I have gone through and I have withstood, then a publisher gave me a proposal to release an article from Shincho 45.  In the article, I wrote things which were not related to the trials.  The title was, “My Husband was Killed by Donen.”

N:どうなんだろうと思うかもしれないが、私は誰かに何人かで主人を殺したのではないかと思っている。遺体が飛び降り自殺でない。顔も形も体も全部そのまま残っていた。

N: You may not be able to believe it, but I think multiple number of people killed my husband.  His body was not the one who jumped off from a building.  His face, figure, physique all remained as they were.

M:動燃からは、その記事が出た後に修正(訂正)せよと言う要求はありましたか?

M: Did Donen ask for any correction on the article after the release of the magazine?

N:一切ないですよね。 私の証人尋問のとき、向こう側が「あなたは夫が殺されたと思っていますか」と。私は「思っている。しかし警察が告訴を受理しないからどうにもならない」と 答えた。国のがんじがらめのところでどうにもならないのかな。例えば警察絡んだ事件がなかなか解明できないのは怖い。殺されたのは私としてはうやむやして はできない。

N: Not at all. In the court trial witness examination, the other side lawyer asked me, “Do you think your husband was killed?” I said, “I do. But I cannot do anything about it since the police doesn’t accept my accusation.”  I wonder there is nothing we could do in the issues in which the government is tightly involved.  It is scary that we cannot get to see the truth when the police is involved.  However, I cannot hush up on this matter since my husband was killed.

M:私だけでなくて、誰も本当にうやむやに出来ない話。科学的なことのほかに、あと遺書もありましたよね。

Not only you, but nobody should hush up on this case.  There are some scientific evidence, and you said that there was somehing about his suicide note, didn’t you?
N:遺 書って言っているが、私は遺書でないと思っている。例えば、遺書でおかしいと思ったのは、遺書をこういう社用便箋に書くか?自分の会社での肩書きをつけて 書くか?また時間まで細かく書くか?3の数字がまったく別の人が書いているように見える。遺書でなくて始末書のように見える。

N: They say it was his suicide note, but I don’t think so.  For example, do you think one would write his suicide note on a company letter pad?  And with his own title in his company and with precise time?  Moreover, his writing of 3 seems to have been written by another person.
It didn’t look like a suicide note, rather, it looked like a written explanation for his company.

N:平成8年1月11日6時に書いている中間とりまとめ。動燃がとりまとめとして科技庁に出した書類。ずっと読んで最後の5ページを見るとまとめの欄がある。そこの文言で、「事故から事件に代えた最大の要因」など、いろいろなところで、遺書と同じ文言が似ているのがいくつか出てくる。

N: Here is the interim report prepared at 6 pm January 11, 1996 submitted to the Science and Technology Agency by Donen.  In the summary on page 5 bottom, there are some similar wordings to the suicide note, such as “biggest factor that changed the accident into a case.”

「現場の本社役員一丸となって全社総力でこの中間まとめに盛られた方向に沿って実施しこの難局を切り抜けている決意です」というところで「一丸となって」というのがどこかにあった。3つか4つ同じような言葉が出てくる。

Also, there was a word, “as a single body (Ichiganto natte)” here and there, perhaps in 3 or 4 sentences, such as, “We, the board members of the Headquarter are determined as a single body to overcome this difficult situation by implementing the actions in line with the direction stipulated in this interim report.”

中 間報告は誰が書いたかわからない。最終的には理事長が承認して提出。稟議書があって、最終的に理事長の決裁がある。動燃としてやっていくことが遺書にも書 いてあるのは、それは主人が理事長だったら書くかもしれないが、次長だったら、上のほうでもなんでもない。自分が一丸となってと言うなんて、やりすぎじゃ ないのと私はやりすぎでないかと思う。

I don’t know who exactly wrote the interim report.  The report was supposed to be handed in after the approval of the Director General eventually.  There is a draft proposal to be approved by the Director General in the end.  If my husband was the Director General in Donen, there could be a possibility he wrote something like that in his suicide note, but he was only a vice-chief, who was not in the position high above.

I think he was way too much by saying, “…as a single body.”

全 社総力とか職員一丸となってとか、そっくりの文言があるが、他の書類にはそういうのはなかった。最近になって知った。主人は動燃の過ちを書かねばならな かったのか?なぜ遺書に書かねばならなかったのかわからない。これからやっていこうと思うと書いておきながら、死んでしまう。死んだからといって動燃のた めにならない。なくなるとしたら、ちゃんと説明すると思う。死んで解決にならない。

There are some other similar wordings such as “all-out effort by the company” or “staff as a single body” In other documents, there were no such repetition of these words.  I came to be aware of this (the common points between the interim report and his suicide note).  I wonder why my husband had to write some mistakes done by Donen in his suicide note.  He was saying what they should be doing and he killed himself.  Killing himself does not contribute to Donen.  If he had to kill himself, he should have explained the reason of his suicide.  By killing himself, there will be no solution.

もんじゅ自体が普通の原発と違って難しい。主人は事務畑で、技術畑でない。いくら頑張っても技術の難しい部分は理解できない人だ。

Monju itself is difficult unlike other nuclear power plants.  He himself was an administration staff and not technical staff.  No matter how he made effort, he could not have understood difficult technical stuff.

この遺書は納得できない。日付や時間がなければ、また動燃の便箋でなければ、まだよいが、こういう形では、あまりにも内容が信じられない。まるで主人が動燃を代表しているような遺書だ。

I cannot understand his suicide note by any means.  With the date, time, and the company letter pad…I just cannot believe the contents of his suicide note in such a form.  It ws as if he was representing Donen at that time.

理 事長はさらに、遺書を読み上げるとき、内容を変更して読んでいた。その場でこんなに変更できるか。毎日新聞で読んだとおりに全文出したが、オリジナルの遺 書と違う。言葉も内容も少し。順番も後ろを先に言ったり。急に変更して読めるものか?別の書類を持って出たのでは。記者会見の場で。そうでないと急に変え られない。

In addition, the Done Director General was changing the contents of his suicide note when he was reading!  Could it be possible to alter the sentences of someone else’s suicide note?  Mainichi newspaper released the entire note, but some sentences were different from the original ones, both wording and the contents.  The word or phrase orders were going forward or backword.  Is it possible to read the suicide note by altering them on the spot.  I guess they prepared different version of the note at the press conference.  Otherwise, the Director General could have altered the wording on the spot.

N:理事長は今年6月13日に亡くなっている。何年か前に証人尋問に出てきた時に、「記者会見の場で遺書を別のものを読み上げるほどの能力があるのか」と聞いてみた。遺書を読むのなら、一字一句間違いなく読んで欲しい。

N: The Director General passed away on June 13 this year.  When I spoke as a witness examination, I asked, “Could it be possible to read a different wording suicide note on the spot at the press conference?”  If he was reading my husband’s suicide note, I wanted him to read the wording precisely word by word.

ここなんか面白いですよ。「我々動燃で働く人々は明日へのエネルギー確保のため自負を持ち、これまでもこれからも頑張っていこうとしています。」

N: (Showing the suicide note)

This sentence here also sounds strage. “We, the workers at Donen are detemined to make our continued effort with our pride to secure the energy for tomorrow.”

主 人は動燃の代表みたいなことを書く立場ではない。もっと上に人がいるのだから。部長、室長、役員だとか。次長がこんなこと書くか。私は動燃社員だからわか る。やりすぎ。自分が代表したような。理事長が書くのならわかるよ。これはどっかでマスコミで披露して欲しいために書いた遺書としか思えない。誰が見ても おかしい。亡くなる人が動燃のいく末を考えて死ぬか?

N: My husband was not in the position to write something as if he was the director general of Donen.  There were many people above him.  Department chief, section chief, board members…how could a vice-chief write such sentences?  I used to be a worker at Donen, so I know it was too much.  His writing was as if he was a representative of the company.  If he was the director general, that would be understandable.

But I believe this was a suicide note that was intended to be disclosed by the media.  This suicide note was strange to anybody’s eyes.  How can a person who is going to kill himself in the next moment would think about the future of Donen?

私への遺書。3時40分 まで生きていたのかしらと疑問。こんな一枚で、後のこと頼みますなんて。二人の子どもをねえ。冗談じゃないわよと思ったの。そして、動燃の仲間にお世話に なって感謝しているなんて。書かされたのではないか。マスコミに対しての怒りの文言。マスコミが異常だったから、自分が怒りを感じて死んだといっている。

This is his suicide note for me.  It says 3:40.  I wonder whether he was actually alive at 3:40.  I just could not believe that he left this short note asking me to take care of everything afterwards.  He left me and two sons.  I said to myself, “Enough of jokes!”

In the suicide note, he was even thanking to the coworkers in Donen.  I thought, “he was forced to write.” “He was forced to write some words of anger against media.” In his suicide note, he said that he was going to kill himself because of anger against the media which was extraordinary fussy.

マスコミが騒いだから死ぬことになったといっている。マスコミに主人は出ていなかった。でもマスコミがどう騒いだからとか、言ってない。主人の記者会見は報道にもならなかった。テレビにも雑誌にも主人はまだ出ていない。実況中継したかもわからない。やっていないと思う。

My husband was saying that he was going to commit suicide because the media was fussing around.  My husband was not even in media.  He was not telling me anything about media’s fuss.  His press conference was not even broadcasted.  He didn’t appear on TV or in any magazine.  I don’t think he appeared on TV live.  I don’t think so.

3回記者会見やったが、多分報道になっていない。いきなりやったので。どこかは取っているかもしれないが。。

There were 3 press conferences but probably none were broadcasted because all of them were held without much prior notice.  Maybe some TV might have recorded, but…

一回目の記者会見はTV朝日が取っている。2回目は理事長記者会見とっている。3回目は亡くなる直前。取っているところはどうだか。報道は縮小されるし。3回目も取っているかもしれないが、一切出てきていない。
The first press conference was recorded by TV Asahi.  The second press conference with the Director General was recorded by TV Asahi.  The third one was just before my husband died.  I wonder whether any TV company took it or not.  Maybe some company might have taken it at the 3rd press conference, but it was not shown on any TV program.

ところどころ、ザスクープなんかでは、一回目と2回目が少し出てくるが。主人が出てきたのは3回目のみ。主人は自殺するまで注目されたり上げ足も取られていたこともなかった。

The TV program, “The Scoop” had broadcasted some part of the 1st time and 2nd time, but my husband appeared only in the third press conference.  He was not paid any attention or criticized until he committed a suicide.

N:主人が亡くなることによって、マスコミも引いちゃいますよね。過熱していたものが。
By my husband’s suicide, media companies retrieved from the overheated coverage.

M:なくなる日の朝、新科技庁長官の中川氏のビデオをとってほしいだとか頼んだわけで、普通だったのですよね。

M: I remember you said your husband had asked you to videorecord Mr. Nakagawa, the newly assigned Science and Technology Agency chief, on the morning of his death.  He was acting normally, right?

N:その頃、特命を受けていて帰ってこないこと多かった。1月4日出勤してから、二日しか帰ってきてない。何が起きたかわからない。もんじゅに出張したり、動燃で徹夜したり。結局話す暇がなかった。

N: In those days, he often stayed outside due to some special assignments.  After he left home on January 4th, he only came back twice.  He came home on 8th 9pm and 12th 1pm.  I didn’t know what was going on.  He went to Monju or stayed all night in Donen office and so on.  I didn’t have much time.

12日朝7時半に出社。夜8時から10時5分 に記者会見、それから霊安室。いったい何がこの人に起きたのか?動燃でどんな仕事してたの?と。この紙見たときに、書かされたと思った。会社の紙に書くわ けない。上司に提出する書類、別の会社にお願いする時に提出する事があっても普通は持たされない。メモ用紙代わりには使えない正式書類の紙だ。

He left on the morning of 7:30 of 12th.  He attended the press conference from 8 pm to 10:05 pm on that day.  Then he was in the mortuary.  What on earth happened to my husband?  What kind of work were you doing for Donen?

When I saw his suicide note, I thought, “He was forced to write this.”

It could be possible for him to choose a company letter pad for his suicide note.  Usually, company letter pad is not possessed by company workers.  Only when they write something to their superior or make some proposals to other companies, they use the letter pad and they usually do not have it.  The company letter pad is an official paper not being used for memo or note.

大畑理事が第一発見者ということになっている。説明を聞いたときに、FAXがどこにあるのですかと聞いたら、青ざめてその場からいなくなってしまった。理事長秘書の田島さんへの遺書もあるのだが、飲み屋で遺書を渡されるのが頭にきた。そんなに安っぽい主人の命なのだろうかと。

It is said that the director Ohata was the first person who found him.  When I heard his explanation in a pub he called me to come, I asked him, “Where is the FAX my husband received at the hotel?” Then Mr. Ohata became pale and he was gone from the pub.

Prior to this, Mr. Ohata gave me my husband suicide not to Mr. Tajima, the secretary of Director General in the pub.  I was furious that Mr. Ohata gave me the suicide note in such a place.  I thought that he was considering the life of my husband as such a cheap value.

田島さんが週刊誌で答えるのには、遺書の万年筆部分があるのだが、万年筆が見当たらない。また残余の紙もない。遺品の中にないと言うのはなぜ?違うところで書いたのではないか?
Mr. Tajima, the secretary of the Director General answered to a magazine reporter regarding the suicide note written by a fountain pen, but there was no fountain pen left.  Also there were no extra sheets left from the letter pad.  Why weren’t there any pen or left-over sheets in his remain?

I suspect my husband wrote his suicide note in some other place (not in the hotel room).

動燃から午前2時過ぎにホテルに送った5枚のFAXがない。

He was supposed to have received 5 FAX sheets around 2 am in the hotel, but there was no FAX.

1月12日の10時5分までは記者会見。1月13日の0時45分にホテルにチェックイン。ファックスが2時過ぎ。だがチェックインの宿帳もFAXも出てこない。なぜいまだに一切出てこないのか。受信記録も出てこないし。当初から言っているのに、出してこない。

My husband was in the press conference until 10:05 pm on January 12, 1996.  He was supposed to have checked in the hotel at 0:45 am and received FAX at 2 am.

However, there was no hotel registration record or FAX.  Even now.  I cannot get the record of receiving FAX either and I was asking for these thing right from the beginning but they do not submit these items.

一緒に泊まった総務部担当の大畑理事もそのFAX持っていないという。

Director Ohata, staff in the Management Department, who was staying in the same hotel as my husband didn’t have the FAX either.

今回裁判でいろいろわかった。大石理事長となんのためにホテルに泊まったか。大石理事長、安藤理事と渡瀬室長が証人尋問に出た。3人ともホテルに泊まると知らなかったといった。ホテルに泊り、次の日に福井に出張することも知らなかった。聞いていなかったという。

I came to be aware of various things.  For what purpose my husband stayed at the hotel with the Director General Oishi.  Director General Oishi, Director Ando, and Section Chief Watase came to the witness examination.  All the three members said that they didn’t know that my husband was going to stay at the hotel.  They haven’t heard that he was going to stay at the hotel and would go for the business trip to Fukui (where Monju is located) the next day.

3回目の記者会見は安藤理事と渡瀬室長と西村だった。しかし、この2人は西村が福井に行くことを知らなかった。一緒に泊まった大畑理事と田島さん、文書係長の富田さんだけが知っていた。

The third press conference was held by Director Ando, Section Chief Watase and my husband.  However, the other two didn’t know that my husband was going to Fukui next day.  Only Director Ohata and Mr. Tajima (secretary), and Mr. Tomita, the Document Chief new about it.

渡瀬室長は広報部長で自分の知らない記者会見はないといっていた。予約をしてないと福井県のほうも開けない。

Section Chief Watase was also the Public Relations Manager and he said that there was no press conference which he wasn’t aware of.
Without reservation, they couldn’t conduct any press conference in Fukui.

普通は出張する時には下着やハンカチ、その他を持っていく。急に決まったとしても広報部長が知らないわけがない。

When he goes on a business trip, he used to carry underwears, handkerchieves, and others.  Even if the conference was decided with a short notice, the Public Relations Manager should have known it.

福井で記者会見があるとしても理事長が発表内容を承認しなければならないので、ありえない話だ。

Also, the Director General should have accepted the contents of the release of the press conference, so it was impossible to have a conference on the following day.

次男の15日の成人式を楽しみにしていた。なにが失敗していたとしても、自分の子どもの成人式を祝ってやるのが親。

My husband was looking forward to the Coming of the Age Ceremony for our 2nd son on January 15th.  Whatever failure he did, a parent would be celebrating his own son’s Ceremony.

被害者の家族が裁判費を使って裁判やらねばいけないのかと思うと、日本の制度が情けない。主人の亡くなり方は国が関わっていると思う。それで私たちが、こんなことまでしなければならないかと思うと情けない。

It is really a pity that a family of a victim should pay for the court trial fee in this Japanese judicial system.  I believe the government is involved in my husband’s death.  It is a shame that we have to do all these by ourselves.

解決するかどうか、主人が亡くなったとき何が起きたかを知っている人は動燃職員、科技庁の人も関与しているかもしれない。私のほうでは調べようがない部分ある。もんじゅなんて動かしていたら、このような事件ひとつ解決できないようなもんじゅはあぶなっかしい。

I don’t know whether this case will be solved or not.  I think Donen workers know what was going on with my husband’s death and maybe the staff of Science and Technology Agency might know.  There are something I cannot make a search myself.  If Monju went into operation, it would be very risky since even this kind of case cannot be solved.

私が黙っていたら、もんじゅがそのまま再開するだろうが、すぐ事故が起こると思う。私は社会に役立つかわからないが、なんとかしてみんなにわかってもらいたい。

If I kept silence, Monju will restart its operation and will have an accident right away.  I am not sure whether I could be useful, but I would like to make my utmost efforts to let people know about this case.

西村さん インタビュー2

Mrs. Nishimura Interview 2

なくなった次の年平成9年5月1日に聖路加病院にもらいにいったんです。

I went to get the X-ray photo on May 1st, the following year (1997) of my husband’s death.

ここは気管に挿入するために入れる器具が、こういうふうにうつっているんです。

Equipment inserted into his tranchea is shown here.

遺体を見たときには、頭蓋骨骨折となっているのに、そうも見えないかった。担当の先生も頭蓋骨骨折していないといった。

My husband had allegedly had fractured skull, but the photo didn’t show that.  The doctor also told me that there was no fracture.

こ ちらは側面からのもの。気管を開くために救急隊の人がいれたものです。骨折はしていない。どこがおかしいかというと、息をしている人は、ここは(頭蓋骨中 心部)は真っ白にうつらない。ここが白くなると息が出来なくなる。西村さんはここが白くなっているから、ここに空気が入ってなくなったのでしょうと。あ と、首も異常はないと。警察発表とは違って。

This photo shows from the sideway.  The equipment was inserted to open his tranchea.  There was no fracture.

The funny part was that the central part of the skull cannot be white if the person was breathing.  If the central part becomes white, that person cannot breath anymore.  In case of Mr. Nishimura, since there is white shadow, probably air intruded here and died.  There was no abnormality on his neck either, contrary to the police official information.

こ ちらは胸のほう。胸郭。生きている人だったらうつらないものが移っている。ここに線が入っている。両方とも筋がすーと入っている。これは筋肉の筋。筋肉は 生きている人はこのように残らない。亡くなるのに時間が掛かった時に入る。即死では入らない。亡くなるのに時間が入った。肺か横隔膜に穴が開いていた。

This is the chest part X-ray.  There are something which would not show in case of a person who is alive.  Here you can see lines, both sides.  These are lines along with the muscle.  Alive person would not have these lines.  These lines emerge only when the person died after some time.  He did not die on the spot.  It took some time before he died.  He also had holes either on his lung or diarphram.

一時間以上掛からなければこのような筋は入らない。エアは入らない。

Unless he died one hour after some initial impact, this kind of lines would not show.  There would be no air intrusion like these.

打撲を受けて時間掛かってなくなるとこういう映像が残る。放医学関係の人は、これをみただけで飛び降りではないとわかる。胸の骨も鎖骨も残っている。背骨も残っている。8階から落ちるとまず鎖骨がおれ、首から背骨も異常がないのはおかしい。

If a person got blows on his body and he died after some time, this kind of X-ray photo can be observed.  Forensic doctors can see ritht away that the person did not kill himself by jumping off a building.  The photo shows his ribs and collar bones as they were.  Even spines. It is quite wierd that a person who jumped off from the 8th floor high did not have any impact on his neck or spine.

鎖 骨は誰でも折れる。ちょっとしたので折れることもある。見ただけで普通の専門家はわかると医者に言われた。聖路加にも法医学の教室にも持っていて、見ても らった。慈恵医大の先生は、法医学の人とレントゲン専門の人2人。刑事事件になると、どっかの大学の法医学の人が鑑定することになる。その時に呼べなくな ると困るので名前はふせたい。

One’s collarbones could be fractured even with a small impact.  The doctor told me that any expert could tell by looking at the X-ray for a glance.  I brought the X-ray photoes to St. Lukes and forensic classrooms.  At Jikei Medical University Hospital, I showed them to a forensic doctor and X-ray technician.

I do not want to tell their names since I cannot call them in if this case becomes a criminal case.
上野正彦さん、「死体は語る」の人だが、一番有名。彼にも見てもらった。裁判になると上野先生が出てくる可能性ある。もうひとり、東京医科歯科大学の支倉先生。はせくら。今はしゃべれないそうだ。平成十年くらいにすぐ聞きに行った。

I also showed the X-ray photoes to Japan’s most famous forensic doctor, Mr. Masahiko Ueno.  In case of criminal trial, he may be called in.  Another person was Dr. Hasekura from Tokyo Medical and Dentistry University.  He told me that he could not speak up then.  I met him around 1998.

主人が亡くなってからしばらく遺品も見れなかった。主人は何をしていたのだろうと、一周忌過ぎてから、やっと主人の遺品を見た。ダンボールをあけてみたら、いろいろ出てきた。動燃ってなにをしていたのだろうかと。

I could not take a look of my husband’s remains.  But one year after his death, I finally opened his remains.  When I opened the cardboard boxes, various things were there.  I was wondering what Donen was doing.

ひとつの箱から動燃が会社ぐるみで選挙応援していたのがわかった。しかも代々続いていたもの。後輩に譲るものと譲らないてよいものが。平成5年くらいの衆議院選挙の対応。こんなこと、動燃がやっていいのか。取りに来ないのも変。私が渡すべきもの?なぜ取りに来ない?

From one box, I found materials which showed that Donen as a company was supporting elections for many years.  There were materials handed down to surbordinates and so on.  The material I saw were related to the 1993 lower house general election.

Is it legitimate for Donen to conduct such thing?  It was funny that Donen didn’t come to my house to pick these things up.  Or should I return these things to Donen?  Why do they not come to my house to retrieve them?

5 年では東海事業所の管理部長だった。その時の選挙に対する、組織ぐるみでバックアップしているのがわかってびっくりした。梶山セイロクと塚原俊平の票を割 り振って応援していた。ここに残っていたのは応援の仕方いろいろ書いてあった。動燃内で二派に別れ、出陣式や食事会など。

In 1993, my husband was a control manager at Tokai branch.  I was surprised to see that he was backing up the election as an organization.  They were supporting Mr. Seiroku Kajiyama and Shunpei Tsukahara.

Various ways of backing these two were recorded.  Donen was divided into two groups and they held kick-off ceremones and meal parties.

応援して欲しいとどこに来て欲しい場所。東海事業所と大洗事業所のバックアップ。それと講演会。二派に分かれていた。特殊法人なので、普通はこういうことはやってはいけない。私的な会社なら出来るが、公共的機関では禁止されている。

The documents specified person to support and where to go for that purpose.  Both Tokai branch and Ooarai branch backed these two people.  They also organized forums for these two people.  Since Donen is a semigovernmental corporation, these kinds of actions are not allowed.  If it was a private company, it is allowed, but if it is govenment related corporation, it is banned.

仕事そっちのけでやっているのがわかった。計画表とか、動燃の役員の体制。梶山と塚原を応援する名簿も。会長、会長代理、担当役、事務局。自民党を通すのに一生懸命。書類の中から受け止められていた。

I could tell that my husband was focusing on these activities without doing much regular work.  He wrote schedules and organization of Donen board members including lists of people who supported Mr. Kajiyama and Mr. Tsukahara.  The list included, the charman, the acting chairman, persons in charge, secretariat.

I could tell that they were making atmost effort to let Liberal Democratic Party to win.  I could tell from these documents.

梶 原セイロクは、後に、主人が亡くなったちょうどその日に官房長官になった。橋本が首相。どんなに不祥事が起きても、梶山が力を尽くした。例えば事故が起き ても表に出てこないように、国民にわからないようにということが結構あった。例えば、東海事業所で事故が起きたのにふせられた。うやむやに書いてあるけれ ど、かじやまのおかげで表に出なかった。これより前の話だ。どっかにでてくるはずだ。95年の事故の前に。

Mr. Seiroku Kajiyama became the Cabinet Chief Secretary on the day when my husband died.  Mr. Ryutaro Hashimoto became the Prime Minister.

No matter what kind of scandals arose, Mr. Kajiyama did his best not to make the scandals into public such as minor accident by Donen.  There were minor incidents which were not known to general public.  For example, one time, there was an accident in Tokai branch, but it was concealed.
It was recorded implicitly, but thanks to Mr. Kajiyama, the accident didn’t become public.  It was prior to the Monju accident, before the year 1995.

塚原は通産大臣なので、そういう意味で力はある。なによりも原子力と直結している大臣だ。私も、ここまで名簿が割り振っているのかと。。。
Mr. Tsukahara was the Minister of MITI, and he was powerful in that regard.  More than anything, he was the Minister who had direct connection with nuclear business.

I was surprised that lists were complete for both parties.

塚原会と梶山会とあって、山之内所長、戸田副所長、大畑部長(一緒に居た人)、高木部長代理、田島課長(理事長秘書の田島)。Kが梶山、Tが塚原。こっちが梶山会、こっちが塚原会。割り振ってあるのがよくわかる。完全に割り振ってある。偏らないように。二人とも当選するように。何ページもある。

There were Tsukahara group and Kajiyama group under which Mr. Yamanouchi, the branch manager, Mr. Toda, the vice branch manger, Mr. Ohata, the department manager, Mr. Takagi, the acting department manager, Mr. Tajima, the section chief (the same Tajima who was the secretary of Director General)

K represented Kajiyama and T represented Tsukahara.

This list is for Kajiyama group and this one is for Tsukahara.  You can tell that there was allocation for both parties completely even way so that both of them could get elected.  There are many pages of such documents.

これ見てびっくりした。普通だったら動燃がとりに来ると思った。貴重だからね。なぜこんなのが残っているのかとびっくりした。

I was very surprised to see this.  I thought Donen would come to my house to take these.  Since these are very valuable.  I was surprised to see these remained in my house.

会社に置けないからと家に持って帰った。東海事業所から死ぬ3ヶ月前、平成7年9月末に東海事業所の管理部長から本社の総務部次長に10月一日に。その時の荷物だ。開けないでそのままにしていた。

My husband took these home saying that he could not leave these things in the company office.  That was three months before he died.

My husband was promoted to vice department manager of Management Department from the control manger at Tokai branch on October 1st 1995.  He brought this box at that time.  I had never opened the box.

ど うも東海2区と言うのは、茨城2区、取り扱い注意と書いてある、定員3名のところ5名の立候補予定者も書いてある。前回の平成2年2月12日の得票数も書 いてある。梶山は小渕派。34.07% 塚原は三塚派、73057票、22.52%、社会党が大きい。梶山より大きい。大畠。労働者も多いから。日立製作 所とか。

The document for Tokai 2nd Division says “Manage with care.” It says 5 candidates for 3 seats.  The document includes the last election’s vote on February 12, 1990.  Mr. Kajiyama was from Obuchi faction with 34.07%, Mr. Tsukahara from Mizuka, 22.52% with 73057 votes.

Social Democratic Party obtained a large number of votes, even larger than Mr. Kajiyama.  The candidate’s name was Mr. Ohata.  The area has many laborers since there are companies like Hitachi.

動燃が選挙対策本部まであるのだから。

Anyway, Donen had a headquarter for election.

東海村だったら、動燃と原研が主な。。。若い人がいっぱい居る。東海村には大きな会社はなくって。そこの票を取ったら当選する。社宅もあるし。そこを掌握すれば当選する。常陸太田のほうまで入っているかも。地元かも。

In Tokai village, Donen and Genken were major corporations with lots of young employees.  In Tokai village, there is no big company, so if a candidate gets votes from these two corporations, they will win the election.  There are company dormitories and if the candidates get control of these, they are sure to win.  Even in the district of Hitachi Ohta, these are the areas for the local district.

M: 必勝出陣式とかあって重要な事書いてある。出陣式はどこでやっていたのでしょう。

M: The document says, Kick-off Ceremony for Victory.  Where was the ceremony held?

ここら辺を見ると、役員会議室で何かやっている。石川一夫会長,平成6年6月25日より計画している。所対応は中田副所長と西村管理部長。持参品が酒券10本分。一升瓶だか、なんだか。。。よくわからない。ピーナツと言うのもある。50名動員なんて。大変なことだ。

N: By reading these pages, seems like they held the kick-off ceremony in the board members’ conference room.  It was planned by the chairman Mr. Kazuo Ishikawa on June 25, 1994.  Chores were done by the vice branch manager Mr. Nakata and Nishimura, control manager.

Things to be prepared were 10 bottles of Sake, I am not sure whether they were large bottles or not.  It also said, “peanuts.”  The ceremony convened 50 members.  It was quite a work.

動燃俊青会は塚原。これも動燃で別の方が応援することに。笹尾副所長、萩原部長代理。こちらも酒券10本。ばっちり計画を立ててこの通りやるという感じになっている。

Donen Shunsei Kai was for supporting Mr. Tsukahara.  This was done by other party in Donen with vice manager Mr. Sasao and acting manager Mr. Hagiwara.  This party also prepared 10 bottles of Sake.  Seems like it was well planned to carry out the mission.

こ れはかなりきつい内容。東海事業書総務課、衆議院選挙への取り組み。予想される候補者。総務課は西村さんがいらっしゃった部署。管理部の下に総務課があ る。管理部長だから、主人はその下に総務があるから、その中でこういうのが主な仕事だったのかとも。有権者数50万。支援組織、管理職層、梶塚に分割と あって。梶山会と俊生会と。大畠は組合が応援している。社会党が応援している。

This document here is quite controversial.  It says, “How to tackle with the Lower House General Election by Tokai Branch Management Section”  Here are the names of predicted candidates.  Management Section was the one Mr. Nishimura belonged to.  Under Control Department, there was the Management Section.  He was the Control Manager and underneath, there was the Management Section, and that was why Mr. Nishimura’s main work was like this.  The number of voters was 500,000.  It says supporting organizations, layers of management titles, division for Mr. Kajiwara and Mr. Tsukahara’s parties, Kajiyama Kai and Shunsei Kai.  Ohhata was supported by labor union backed by SDP.

M: 社会党は応援していないのですよね?-管理職は応援していない。

M: Donen was not backing SDP, wasn’t it?

N: No management teams were supporting Mr. Ohhata.

大畠章宏さん(社会党)は推進?-わからない。でも社会党は反対でないはず。。。

M: Was Mr. Akihiro Ohhata promoting nuclear?

N: I don’t know.  But I don’t think SDP was not against …

大畠さんが一番取っている。意外な事実が。37%

Surprisingly, Mr. Ohhata obtained the most votes, 37%.

大畠さんが一人くらい通っても良いという感じかな。後で大畠さんは調べてみます。

M: Maybe they thought just one person can win the election, which does not give influence.  Let me check Mr. Ohhata.

西村さんがなくなったときのポジションは、本社総務部の次長だから、この辺にいた。文書課はその前。東海事業所に行く前の前。若い時に文書課に。

Mr. Nishimura’s position was the vice manager of the Management Dept. of the Headquarter when he died.  He beloned to Document Section before he went to Tokai Branch.  He was working in the Document Section when he was young.

東海事業所が一番多く、この中に管理部があって、その中に総務課、労務課、労働課、経理課があった。本社に移動する前。なくなる三ヶ月前くらいまで。

Mr. Nishimura was working at Tokai branch for the most time, and in there, there was this Control Dept. under which there were Management Section, Labor Section, Work Section, Accounting Section.  He was there before he moved to the Headquarter, which was 3 months before he died.

本 社に移動したら、先ほどの上のほうまでいったわけ。総務部の次長。次長と言うのはある意味で中間。責任負わされて厳しい。権限があるようでない。部長並み には。部長は長尾さん。今回の事件には出てきてないが、死んですぐにうちに駆けつけて葬儀の采配をし、その後も遺族担当になって中心に動いていた。

After he moved to the headquareter, he was promoted to the vice manager of the Management Dept.  Vice manager is somewhere in the middle.  It was a tough work with responsibility, but there was not much actual authority, unlike the manager.  The manager then was Mr. Nagao, who didn’t appear in the case, but after Nishimura died, he came to our house and prepared for the funeral, and he played the main role to communicate with the bereaved family.

見張られていた?-葬儀の時になんで部長が来るのか、考えられなかった。葬儀の全体的な運営を長尾さんがやった。

N: Maybe we were being watched.  I could not think of the reason why the Manager Nagao came to my house at the time of funeral.  He coordinated over-all funeral ceremony.

親戚やお知り合いが追い払われていたとか、インターフォンが壊れていたとか

M: You said that your relatives and acquaintances were told to leave and your house’s intercom was broken.
長尾さんがまず来て、小さい葬儀屋が頼んであって、前金も払っていたのに、棚も花もセッティングしてあって、時間も決まり、帰ろうとしていたとき、長尾さんが入ってきて、びっくりした。

N: First Mr. Nagao came to my house.  When he came, I already arranged a funeral with a small funeral company and payed some in advance with the arrangement of shelves and flower sets.  I already arranged the time even and when the funeral company staff tried to leave, Mr. Nagao came into my house, which was a quite surprise to me.

駐 車場、ハイヤーが6台が入るところがないといけないと。駅のすぐ近くだから駐車場はないと。うちとしては60名でよいと思ったので、いいと思った。6台は よほど大きくないと。それで大きなところを紹介すると、電話を掛けた。たまたま空いていた。それで大きな葬儀屋さんが来て話をしていた。

Mr. Nagao told me that there should be a parking lot where 6 chauffeur-driven cars can stay.  I told him that the funeral place is just near the train station and there was no parking lot.  I thought it was fine since I plan to have a funeral with around 60 people.  But if we have to think of 6 hired cars, we need to use quite a big funeral place.  Mr. Nagao told me that he would arrange with a big funeral place and made a phone call.  He said that it happened to have vacancies, and the big funeral company staff came to my house and talked with Mr. Nagao.

だいたい骨壷とか衣装とか決まっていたのに、またやりなおしかと。

I already arranged an urn and costume, so I thought to myself, “Well, all over again..”

長尾さんが弔辞は4名にして欲しいと。葬儀の人が火葬場に間に合わないと、長々と議論。結局4名はオッケーになった。ひとり5分のはずが実際のところは弔辞で大変な時間を締めていた。

Mr. Nagao told the funeral staff to make the number of guests who give condolence messages to 4 people.  Then the funeral staff said that they could not make it to the crematory with such a schedule.  They kept long discussion and finally the staff said OK.  The condolence message was supposed to be 5 minutes for each person, but in fact, it became so long at the funeral.

通夜でもはいりきれないほど人がきた。変に思ったのは、主人の兄が、12月27日になくなった。普通の葬儀だった。それが普通だと思っていた。60名か100名以内。主人の葬儀は、波のように人が押し寄せた。

My house was flooded with people on the eve of the funeral. I thought it was quite strange.  My husband brother actually died on December 27th and it was a  common funeral with 60~100 people.  My husband funeral was flooded with people who was visiting us like waves.

線香も多く、煙で誰が来ているのか見えないくらい。子どもが同級生のお父さんとお母さんも来ているといっても、わからなかった。

There were so many sticks of incenses and due to thick smoke, we could not even see the faces of visitors.  I could not recognize my son’s classmates visiting us with their mothers and fathers.

動燃、動燃に出入りしている大きな企業だとか、弔問の記帳を見てあとでわかった。なんで取締役とかたくさんきているのだろうかと。名前だけ書いてある。原子力産業では有名な人も。(肩書き書かなくてもわかるような)

By looking at the registry book, I came to be aware that Donen and big coorporations which had relationship with Donen came to the funeral.  I was wondering why so many company CEOs were visiting.  I could see their names including famous people in the nuclear industry who can be recognized at once even without titles.

主人はそんなひとにきてもらう筋合いはないのに。政治的なものを感じた。記帳も弔電も残っている。外側の紙をとってもダンボール二箱。250通もある。中の紙だけをとってある。全国から来ている。

I didn’t think my husband was not in a position to have big name visitors like that.  So I sensed somehing political.  I have been keeping the registry books and telegrams of condolences in two cardboard boxes.  The telegram was as many as 250 and they came from all over the nation.
会計検査院、阿部事務局長とかおかしくない?

Don’t you think it was funny to receive a telegram from Secregary General Abe from Auditing Bureau?

常盤会堂ですか?うちのおばあちゃんと同じです。

M: Your husband had a funeral at Tokiwa Kaikan.  The same place as my grandmother.

電報重たくて動かすの大変だった。

N: It was quite heavy to move all the telegrams.

新聞の縮刷版を取っておくようになった。裁判をするようになってから。

N: After I started court trial, I’ve been collecting the newspaper clips.

裁 判でどういうことやるのかしらと。法律用語がわからないといけないといけないと思って犯罪被害者の会に入り、裁判をいろいろ見に行った。傍聴に何回も行 き、だんだんと言葉がわかるようになってきた。弁護士もとろとろしゃべっている人と何をしゃべっているかわからないひといた。でもうやむやにできないから やらなければと

I wanted to know what was going on in the trial, so I joined the Society for the Crime Victims and audited various court cases to understand legal terms.  I visitied courts a number of times to learn various terminologies.  There were some lawyers who were slow and not clear, but I could not make my husband’s case unclear.

主 人は1月13日の朝、夜中だが、政治的なものがからんでいるのではないかと。梶山会とか俊青会とか。切り離して考えられないと思った。当時の新聞を見ると 平成8年1月11日、蔵相窪、官房梶山決まった。橋本内閣1月12日。主人の記者会見は1月12日夜。政権交代のときに主人がなくなった。

My husband died on the morning of January 13 or in the midnight, but I thought there could be some political invovement with Kajiyama Kai or Shunsei Kai.  I could not detach this idea from my mind.

When I look at the newspaper in those days, on January 11, 1996, Mr. Kubo became the Treasury Minister and Kajiyama became the Chief Cabinet Secretary.  The inaguration of Hashimoto Cabinet was January 12th and my husband press conference was the night of January 12th.  At the time of turnover of the regime, my husband died.

偶 然ではなくて必然的に主人がなくなる事が決められていたのでは。橋本内閣が代わると言うのは突然決まったことではない。もともとこのひとたちが1月11日 の前は、もんじゅが事故おきて一ヵ月後くらい。橋本の前は村山だった。自民党が奪還するわけ。その時、梶山が官房長官になって、首相の次になって出てく る。選挙の時に動燃がバックアップした。

Maybe it was not a coincidence, but I suspect that my husband death had been planned.  The turnover of Hashimoto regime was not decided the night before.  The Monju accident took place one month before the January 11th.  The Prime Minister before Hashimoto was Murayama, and LDP took over the regime .  At that time Mr. Kajiyama became the Chief Cabinet Secretary and became the No.2 of the Prime Minister, who was backed up by Donen at the time of the election.

橋本内閣は金権政治。お金がないとのし上がれない。その時期に、1月12日の夜に記者会見、安藤理事(安全担当理事)広報室長、うちの主人がもんじゅの事故ビデオの内部調査の発表をした。橋本内閣の発足と本当に重なるように主人がなくなった。私は偶然でないと思う。

Mr. Hashimoto’s political means was money.  Without money, there was no promotion.  At that timing, on the night of January 12th, there was a press conference and the Director (Safety Director) Ando, PR Director, and my husband announed the investigation of the Monju accident video.

My husband was killed at the timeof Hashimoto Cabinet inaguration.
I think it was not a coincidence.

具 体的には、選挙で動燃が応援している。科技庁長官は中川秀直、その前は浦野さん。新聞に出てくる。警視庁出身である。福井新聞で、福井県知事が浦野長官に 詰め寄っている記事。県だけでなく全国も反対。12月24日ごろのデモもすごかった。一般市民が動燃に押しかけた。原子力政策としてはどうにもならない。 動燃はもんじゅやめてしまえというときに、浦野氏は責任を取らずに中川に代わる。

In concrete, Donen was assisting the election.  The Science and Technology Agency Chief was Mr Tadanao Nakagawa, and the predecesor was Mr. Urano.  It was on newspaper.  He was from the Metropolitan Police Agency.  In Fukui newspaper, the governor of Fukui was pressing the Agency Chief Urano.  Not only Fukui prefecure, but also the nationwide opposing voice against Monju.  The demonstration around December 24th was so vigorous.  Even ordinary people came to Donen office.  As for the nuclear promotion side, they could not do anything about it.

When people called for Donen to give up Monju, Mr. Urano stepped down without taking any responsibility and Mr. Nakagawa came to the position.

人 が亡くなったことで、事故をあいまいにするきっかけに。もんじゅのことが記事からなくなり、新たな生地は新たな内閣のことばかりになった。発足した大臣関 係に切り替わっていった。払拭するきっかけになった。マスコミが責めてからなくなったのではなく、マスコミを回避するきっかけをつくった。

With my husband’s death, the causes of the accident itself became vague.  Monju articles disappeared from the papers and newspaper was flooded with the new Cabinet.   The articles were changed into news regarding new ministers in stead of Monju.  It was not that media stopped blaming Donen but it was rather giving the reason for Donen to avoid media.

主人が亡くなったとき、梶山が告別式に来ている。普通は来ない。国政のほうが大事だ。官房長官、田中真紀子、浦野さんの前の人が主賓で来ている。考えられない。それでハイヤー6台かと。SPもついてくるだろうし。

When my husband passed away, Mr. Kajiyama came to the funeral.  Usually, this could not happen.  For Mr. Kajiyama, the state policy should be more important than my husband’s funeral.  As main guests, Chief Cabinet Secretary, Ms. Makiko Tanaka, and Mr. Urano came.
It was unthinkable.  That was the reason of 6 hired cars.  Of these these people should have been accompanied by special policemen.

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妊娠中の日本人女性の避難すぐ

This articile is reblogged here with the permission of the Mari Takenouchi of http://savekidsjapan.blogspot.jp

Mari Takenouchi explainig the danger at Sendai Nuclear Power Plant and other nuclear plants in Japan
こちらは英語、日本語動画は下にあります。

驚愕!40年来反原発の地質学者、生越忠氏も、川内原発反対運動で、九電と受益者に大 きな不安を掛けたと、自民党系で右翼とつながりのある井上正三なる人物から1976年に刑事告訴、最高検察庁が告訴を受理していた!(ただし起訴は免れた と言います。昔からやられていた手法なのです!)

原発建設前から、原発各地を訪れ、40年以上にわたり反対運動を続けてきた地質学者、生越忠氏著『悪用される科学』(1981年)より

私は生越忠氏の本はすべて復刻版を創るべきだと思います。
『開発と公害』シリーズ(自費出版で100冊以上ある)なども秀逸です。
原発建設前から各地の地質調査をした反原発地質学者は彼だけです!
  • 現地調査に臨んだところ、川内原発の原子炉設置予定地の地盤は、断層や節理でずたずたに切られた、傷だらけのもの
  • 1965年にこの地域一帯の地質調査をした鹿児島県が、地盤を安定したものと見せかけるため、中生層を古期岩層に塗り替え
  • 川内川筋に存在すると推定されていた大断層を抹殺
  • 九電の下請け業者がボーリング・コアの差し替えという恐るべき行為を続けていたことが、内部告発によってわかった。「私や他の作業員、現場監督などが、何回もコアを差し換えた。差し替えは公然と行われていた」
  • ところがボーリングコア差し替え事件を、九州大学生産科学研究所の山崎達雄教授がごまかしてしまった!)
  • 当時、鹿児島大学理学部地学科の露木利貞教授に公開質問するも、露木教授は逃げ回った。

以下は『開発と公害』第87号より(1999年9月)

より簡単に理解したい方は、竹野内真理のこちらの動画を!
  • 鹿児島の中心街は川内原発からたった44km
  • 現地調査を建設前の1975年に行った生越氏は、 敷地の一部および周辺の平山溶岩に顕著な断層粘土を伴った大規模活断層ありと主張したが、九電は無視。
  • 川内原発の敷地の一部を含む南九州地方の新第三世紀末ないし第四紀古期の火山岩類に断層で切られている部分があることは、以前から公知の事実で文献も発行されている。ところが、これも九電も国も無視。
  • 1979年の着工前であった、1977年、村山喜一衆議院議員からの質問に、国は断層の存在は認めつつも、問題にならないと国会答弁。
  • 1997年、2回にわたり「鹿児島県北西部の地震」が発生。一回目は M=6.5(深さ12km)で震度5強、二回目はM=6.3(深さ9km)で震度は6弱。 →それでも川内原発は止まらなかった!(より地震規模が大き く、震央距離が川内原発に近く、震源深さがより浅ければ、重大事故が起きていた可能性。)
  • 1997年地震は、プレート間地震でもなく、海洋プレート内地震でもなく、大陸プレート内の潜在活断層の再活動によっておこった活断層地震であることは確か。
  • ところが、97年の地震では活断層もリニアメントも見られなかった。つまり同地域には潜在的に断層が存在。
  • ただし、上記活断層はボーリング調査(せいぜい深さ3km)で分かる範囲ではない。九電は「活断層の存在がわかっていない」というべきところを、「活断層は存在していないことが分かった」とすり替えた。
  • 1997年地震の後に、非常に余震が多かった。(断層や節理が多い地層なので、蓄積されていたひずみエネルギーが一挙に放出されなかった可能性)
  • 佛像構造線が川内原発の敷地の製法を通っているので、延岡ー紫尾山構造線の南 方延長部が、もし、川内川河口の左岸付近にまで及んでいるとすると、その位置は、佛像構造線の東方、つまり川内原発の敷地内または近傍になり、内陸直下型 の大陸プレート内地震が発生する可能性が多分にある。
  • すべての原発に言えることだが、原発の支持基盤が地震断層の出現によって変位・変形することがあり得るのに、これを原発の耐震設計では考慮していない。
  • 建築物の固有周期と支持基盤の固有周期が似通っていて共振現象を起こすと、より大きな被害をこうむる。剛性の強い原子炉施設は、震央距離が短い大陸プレート内地震が起こった場合に共振現象を引き起こす恐れがある。
  • 1978年9月29日、活断層の定義を50万年前以降に動いたものから5万年前以降にしてしまった。(現在は40万年前以降)
  • 施設の基礎岩盤に変位・変形が生じた場合は、たとえ施設をいかほど頑丈に作ったとしても、被害の発生が防止できなくなる恐れがある。原発は、基礎岩盤が破壊されることはないという誤った前提に立っている。
  • 九電は海洋プレート内地震を全く無視している。1909年の宮崎県西部の地震 はM=7.6、深さ約150kmのユーラシアプレートとその下に沈み込んでいるフィリピン海プレート内の地震。震央位置は、宮崎・熊本両県境にある市房山 付近で、川内原発に近い延岡ー紫尾山構造線が走っている。
  • 海洋プレート内地震には、プレート間地震とほぼ同一の巨大地震もある。例:1911年喜界島近海の地震(M=8.0、深さ=100キロメートル)、1993年釧路沖地震(M=7.8、深さ101km)、1994年北海道東方沖地震(M=8.1、深さ23km)
  • 特に上記の海洋プレート内地震である、喜界島近海の地震では、震央位置がより 北方で発生する可能性もあるのであり、その場合は川内原発の敷地の直下で、見かけ上は「内陸直下型地震」の形をとった海洋プレート内地震が発生することも 皆無ではない。(ただし、電力会社は海洋プレート内地震を検討していない)
  • 地震が今まで起こっていないとされていた空白域でM=7.5を超える大地震、もしくはM=8.0前後という巨大地震が起こった例はある。
  • 川内原発に関しては、大地震の空白域であること、97年の中地震で活断層が存在することが明らかになったこと、そして九州電力が国内で最低基準の地震動を川内原発に適用してしまったことで、地震による危険度は高いと言える。

11月19日更新 Updated Nov 18, 2014

歴史的ともいえる、国家による無謀で人命にかかわる最悪の決断、川内原発再稼働が正式決定いたしました。

Sendai Nuclear Power Plant is to be restarted by the decision of Japanese government, which could be called as a historical decision that ignores the future lives of the people.

2015年から稼働する予定です。しかし川内原発は、以下の質問3以降に書きましたように、敷地の周囲に活断層があり、また地盤もボーリングコアの差し替えの内部告発もあった通り、劣悪な場所です。

Sendai is to be restarted in 2015, but as I wrote in Question 3, it has numerous faults and there was even a whistle blower who confesssed that many changed the sample of boring cores of the site.  (The ground of Sendai NPP is not solid enough so many people exchanged the samples to go ahead with the construction.)

建設前に現地入りした生越忠元和光大学教授は、この事実を拡散されたところ、ある自民党員から刑事告訴されたと言う経緯まであります。

Former professor of Wako University, Mr. Sunao Ogose, a geologist who pointed out this issue, was later criminally accused by a member of Liberal Democratic Party.

90歳を過ぎた生越氏から竹野内は11月17日、手紙を受け取りました。

I received a letter from Mr. Ogose who is over 90 years old now on November 17, 2014.

地盤問題や不当な刑事告訴事件がまるで知られないまま、川内原発が稼働されることを嘆いていらっしゃいました。また反原発団体の不勉強についても嘆いています。

Mr. Ogose is deploring the fact that Sendai NPP is to be restarted without these important facts known widely…He also deplores the insufficient effort by anti-nuclear groups!

どうかこのことを皆さん、広めて下さい。

Dear all, please disseminate the article below!

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7月12日追記:川内原発問題については私の「おかしな人々」や「竹野内真理ファイル」ブログにも掲載しています。
http://fukushimaworkerslist.blogspot.jp/2014/06/blog-post.html

Sendai Nuclear Power Plant issue is covered in the following of my blog.

http://takenouchimari.blogspot.jp/2014/03/blog-post_15.html

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ボーリングコア差し替えの内部告発あり川内原発建設前から反対していた地質学者の生越忠氏も刑事告訴を受けていた!

Former professor of Wako University, Mr. Sunao Ogose was also criminally accused for revealing the facts of Sendai Nuclear Power Plant scandal (intentious exchange of boring core samples) !
 Mr. Sunao Ogose, anti-nuke geologist
He predicted Great Hanshin Earthquake (1995) and supported a lawsuit against the construction of Rokko Liner in Kobe before the earthquake.  He also predicted Niigata-Oki Earthquake which brought more than 3000 damages to Kashiwazaki Kariwa Nuclear Power Plant.  In 1970s, he gave a warning to Sendai Nuclear Power Plant, which is now decided to be restarted by the government.
新潟沖地震で柏崎原発が事故を起こす以前から活断層の存在を指摘、住民と原発反対裁判。
1995年の阪神淡路大震災も予測し、住民と地元で六甲ライナー反対の裁判を行っていた生越忠元和光大学教授。最も再稼働の可能性の高い川内原発も建設前から警鐘を鳴らす。
生越忠元和光大学、地質学教授
「開発公害研究資料・第四集」(1982年)より要約、抜粋
Extract and Summary of Mr. Ogose’s work, “Document on Development and Pollution Studies, Vol IV” (1982)

***川内原発建設前にボーリングコアの差し替え!***
Exchange of Boring Core Samples of Sendai Nuclear Power Plant Before the Construction!

「おかしいですねえ。ふしぎですねえ。これ、こんなにボロボロでしょ。断層や節理(ひび割れ)が縦横に入っていて、まるで寄木細工みたい。この地層は、原子炉設置場所の基礎岩盤と一連のものなんですけどね。九電は、地質上の問題はまったくないようにいっている。。。」

1975年、12月13日川内原発の反対派地元住民に招かれて地盤調査に入った生越忠氏。

“Wierd…so strange…See?  This easily breaks off like this.  The ground here has countless faults and cracks vertically and horizontally like a wooden mosaic work.  The layer here is the same layer as the ground rock foundation of the Sendai nuclear power plant.  However, Kyushu Electric Company talks as if there is no problem…”

This was the word of  a geologist, Mr. Sunao Ogose who was invited to investigate the foundation of Sendai Nuclear Power Plant on December 13, 1975.

すると同日、川内市寄田町の農業・中野近夫さんが、なんと、九電の下請けの会社でボーリングコアを差し替えたと内部告発をした!

Then on the very same day, Mr. Kimio Nakano (farmer in Sendai City, Yoseda Town) exposed that HE HAD EXCHANGED THE BORING CORE SAMPLE OF SENDAI NPP for the subcontractor of Kyushu Electric Company! 

翌14日、住民側は記者会見を開き、地元各紙はこの件を大きく報道。九電は否定しようとしたが、中野さんは「自分もやったし、他人もやった。やった証拠に、余ったコアを磨いて私の家の茶の間に飾ってあります」と明言。

On the following day, the residents held a press conference and this became a major news in local papers.  Kyushu Electric Company tried to deny the fact, but Mr. Nakano refuted as, “I did it and others did it.  As a proof, I polished a left-over borig core and put it as a decorative ornament in my living room.”

この問題は1977年11月21日の参議院科学技術振興対策特別委 員会にもちこまれたが、九電や山崎達夫九州大学教授らが「たとえボーリングコアの差し替えがあったとしても結論に影響を与えるようなものではない」と誤魔 化した。(影響を与えないものなら初めから差し替えするはずがないのだが)

This issue was discussed in the Committee of Scientific Promotion Measures in the Upper House on November 21, 1977, but Kyushu Electric Company and Tatsuo Yamazaki, a professor of Kyushu University, deluded this serious fact saying, “Even though there was some exchange, there would have been no impact on the decision of NPP construction.”

(IF THERE WAS NO IMPACT, NOBODY WOULD HAVE EXCHANGED THE BORING CORES FROM THE BEGINNING!) 

***地元の右翼から告発される*****
Mr. Ogose Criminally Accused by a Local Right Winger

さて私は右のような差し替えの事実は地質学的にも証明できる旨を内外に説明したことを理由に川内市在住の井上正三なる右翼の人物(福田派の自民党員と言われる)から、九電に対する信用棄損・営業妨害の容疑で最高検察庁に告発された。

1976年1月29日付(偶然私がエートスから刑事告訴を受けたのも今年の1月29日!)の告発状は、その後、東京地方検察庁に回されたため、私は3回にわたって同検察庁の検事から取り調べを受けた。

Regarding the above fact of the whistle blower, I explained I could geologically give proof of the boring core exchange.

Then a local right winger called Mr. Shozo Inoue (so called Fukuda Faction of LDP member) criminally accused me for infringement of trust and obstruction of business against Kyushu Electric Company through the Supreme Prosecutors’ Office.

Letter of accusation dated on January 29th, 1976 was filed in Supreme Prosecutors’ Office and was forwarded to Tokyo Local Prosecutors’ Office, and I was investigated by the prosecutors for 3 times.
(Note: Takenouchi was also criminally accused by ETHOS on the same day of 2014!)

しかし私は、ありもしないことをいいふらして故意に九電の信用を棄損したわけでも、九電の営業を妨害したわけでもないばかりか、コアの差し替えは正真正銘の事実であることが参議院で明らかにされたと言う事もあって、私に対する井上正三の告発は不発に終わった。

However, I was not disseminating something untrue or infringed the trust of Kyushu Electric intentionally or obstructed its business.

Moreover, the exchange of boring core is an irrefutable fact which was also revealed in the Upper House, so the accusation by Mr. Shozo Inoue was not successful.

ところが井上は、生越氏が検事に「コアの差し替えの事実はなかったと釈明し、私の言動が行き過ぎであったことを私自身がみとめると共に、この件については、これ以上、井上と争う事はしないと言明した」とまるで正反対のことを宣伝していた。

さらに井上は、みずからが発行している『法律と鹿児島』紙で、生越氏のことを「私立も私立、それも名もない次第のインチキ学者」と誹謗中傷していた。

However, Mr. Inoue was disseminating the following as contrary to the fact,
“Mr. Ogose explained to the prosecutor that the core exchange was not a fact and admitted that his action was excessive and he had no intention to fight legally with Mr. Inoue.”

Furthermore, Mr. Inoue was slandering Mr. Ogose saying, “He is a demagogue scholar who is working for a nameless private university.”

ところでこの井上氏は自民党の候補者の選挙運動にも積極的に取り組 んでいたが、選挙違反で逮捕・起訴されたこともある経歴の持ち主。自民党にとって邪魔な人間を、いろんな難癖をつけてやたら刑事告発したので「告発魔」と 言われており、反原発の大阪大学講師だった久米三四郎さんも刑事告発されたと言う。

Mr. Inoue was also actively involved in election campaign supporting for LDP candidate, but he has the records of arrest and accusation for violating the Election Law. 

He is also dubbed as “The Accuser” since he was known for accusing inconvenient people for LDP with various reasons.  A famous anti-nuclear lecturer, Mr. Sanshiro Kume was also criminally accused by Mr. Inoue.

***御用学者の罪と無実の人間を殺人罪にまでしようとした東大名誉教授***
Crime of Government Sided Scholar: A Professor Emeritus of Tokyo Univeristy Who Tried to Put Crime of Homicide on an Innocent Citizen

「真理の探究」という美名に隠れて、ある専門分野の学問の研究に、 その道一筋にうちこんできたようなふりをしながら、大学教授などの地位を得た「学者」のなかには、実は学問を食い物にした権力のひもとしか言いようのない ような人間が極めて多いこと、しかもこれらの「学者」が、反開発、反公害、反薬害などの闘争に関わる住民・市民を権力に売り渡すと言う卑劣な行為を進んで 行っていたという例が少なからずあることが明らかにされた以上、反原発・反公害・反薬害などの闘争は、御用学者糾弾闘争へと必然的に発展していかざるを得 なかったのである。

Behind the cause of “Seeking for the truth,”pretending that they had been studying for their expertise, there are many scholars who can be just regarded as puppet of the state power sacrificing the truth of the very expertise. 

It has been revealed that there are MANY examples where these scholars sacrifice honest residents and citizens who are struggling for anti-development/pullution/harmful drugs.

In this regard, there is no other way than pursuing the untruth of government-puppet scholars in the struggle of anti-nuclear/pullution/harmful drugs.

さらにここで指摘しておかなくてはならないことは、警察や司法権力に手を貸し、無実の人間を罪に陥れた極悪非道の御用学者が、とくに国家権力との癒着の強い一流有名国立大学の中に少なからずいると言う事である。

I need to emphasize here that especially in 1st grade state-owned universities, there are many government-puppet evil scholars who would even give helping hands to the police and judicial power, driving innocent citizens into false crimes.

この種の御用学者のうち、もっとも悪質と言われている人は東大名誉 教授で科学警察研究所長をも歴任したことのある古畑種基(故人)であるが、かれは弘前事件、島田事件、財田川事件などの冤罪事件で警察側あるいは検察側の 鑑定に関わり、白を黒と言いくるめ、無実の人間が殺人罪の汚名を着せられると言う結果を招いた。

The late Mr. Tanemoto Furuhata, a Tokyo Univeristy Professor Emeritus who used to be the dicrector of Science Police Institute is known to be the most evil one until today. 

Having involved in the investigation and scientific judgement on the side of police and the prosecutor in the case of Hirosaki, Shimada, Zaidagawa (they were revealed as false accusation after all), Mr. Furuhata lied that there were evidence of crimes so that innocent citizens were accused as murderers.

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なお、この問題を含め、竹野内は法務省に3つの質問をしましたが、8月1日、法務省から回答できないという回答が来ました。

Including the Sendai NPP issue, I gave 3 questions to Ministry of Justice.  On August1, there was an answer from Ministry of Justice saying that they cannot answer the questions.

メール拝見させていただきました。
個別の事件に係る弁護士や捜査機関に対するご意見をお寄せいただきましたが,
法務省は捜査機関ではなく,また,警察や弁護士の監督官庁でもありませんことから,
直接捜査することはできませんし,警察や弁護士に指導等を行うこともできませんことを
ご理解願います。
この度お寄せいただいたご意見については,全国の警察を所管する警察庁や
日本弁護士連合会にお寄せいただきますようお願いします。

法務省

(竹野内注:エートスともんじゅ西村事件の問題は日本弁護士連合会にも送りましたが、回答を拒否され、またもんじゅ西村事件については警察庁にも電話しましたが回答を拒否されました。)

国への質問を出した際に、法務省にもメールを送ったのですが、URLのリンクを含めない1000文字以内の質問にしてくださいと回答があり、以下に書き直して7月5日に送りました。

非常に大事な内容だと思いますので、ご覧ください。

Please take a look at the 3 very important questions.

1. 福 島原発事故を起こした東電幹部や国の責任者などへは、住民が刑事告訴を起こしたにもかかわらず、警察も検察も捜査さえされませんでした。ところが事故前か ら地震と原発の問題を憂慮してIAEAに単独直訴まで行い、事故後は「福島の子供たちに多数の甲状腺がんや白血病など健康被害が出ているので疎開させよ、 エートスは人体実験である」とツイッターで訴えたシングルマザーの私の所には、沖縄まで福島から警察と検察が沖縄まで来て捜査を行い、起訴猶予となりまし た。海外のメディアもこれを驚くべきニュースとして取り上げています。不公平な司法措置ではないですか?

1. There was no investigation by police/prosecutor on TEPCO executives in spite of criminal accusation by residents.  However, as for me, a single mother who had visited IAEA regarding nuclear and earthquake issue before the Fukushima accident, and called for evacuation of kids saying through twitter, “health hazards such as many thyroid cancer or even leukemia are observed.  ETHOS is a human experiment” was actually investigated by Fukushima police and prosecutor who came all the way to Okinawa.  I eventually got deferred indictment and foreign media took up this case as a shoking news.  Isn’t this an unfair judicial treatment?

2. 1996 年に起きたもんじゅ西村事件(動燃のナトリウム漏れ事故調査社内担当の西村成生氏が自殺、それを境にマスコミが事故の報道から離れた事件)では、X線写真 や医療カルテ、深部体温の記録などより、飛び降り自殺ではなく、他殺であると検死をしたした医師その他の法医学者がご遺族に見解を話しています。ところが 担当弁護士の海渡雄一氏は最も大事な自殺・他殺の争点を無視し、刑事事件としてではなく民事事件として扱い、また警察に問い合わせても「弁護士がそのよう な対応であれば、警察は絶対に動かない」と言います。このような扱いはあり得ないのではないですか?再捜査すべきではないですか

2. In 1996, Monju Nishimura Case took place, in which Mr. Shigeo Nishimura, in-house investigator of Monju Fast Breeder Reactor accident comitted a suicide.  However, X-ray photoes and medical records showed that he did not jump off from the building and instead was killed, which was testified by the doctor in charge along with other forensic doctors.  Surprizingly, the lawyer who was in charge of this incident took the case as civil case in stead of a criminal case, ignoring the high possibility of homicide.  The police says that they would not make any move if the lawyer acted that way.  I am quite shocked at the treatment of this case.  Isn’t it necessary to reinvestigate this case?

3. 40 年来の反原発の反骨の地質学者であり、1975年12月川内原発建設前に調査に入った元和光大学教授、生越忠氏は、予定地と連なる地層の中に多くの断層や 節理を見つけ、原発建設の地盤として不適切であることを指摘したところ、地元の農家の人がボーリングコアをより強度な地層の土とすり替えていたことを内部 告発。この件を発表した後、1976年右翼の人物から九州電力への名誉棄損と営業妨害の容疑で刑事告訴され、最高検察庁が受理、その後東京地検に回され、 結局は不起訴となったが、生越氏は3度にわたり取り調べを受けたと言います。本来であれば、九州電力が告発されるべき事件であり、反原発の憂慮する住民や 学者に対する嫌がらせとしてか思えず、非常に不当な司法措置と考えますが、どうですか?また川内原発が最も再稼働に近いと言われている現在、この事件を再 検証する必要があるのではないですか?

3. In December 1975, former Wako University professor Sunao Ogose made a research on the soil of Sendai Nuclear Power Plant premise, and found out countless number of faults and cracks in the same layer of soil, which showed inappropriateness of building a nuclear power plant in that site.  Then a local farmer who worked at the boring core site confessed that he switched the core with firmer soil. After Mr. Ogose announced this whistle blower’s statement, he was criminally accused by a LDP related right winger and the Supreme Prosecutors’ Office took up the case.  Then the case was taken by Tokyo prosecutors’ office and Mr. Ogose was investigated for 3 times and eventully non-indicted.  To begin with, Kyushu Electric Company who ordered switching the cores should be the one to be criminlly accused and what had happened seems to be harassement against anti-nuclear residents and scholars.  Sendai Nuclear power plant is said to be the one which is closest to the restart.  Isn’t it necessary to reinvestigate this case?

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妊娠中の日本人女性の避難すぐ

This articile is reblogged here with the permission of the Mari Takenouchi of http://savekidsjapan.blogspot.jp

Dr. Bandazhevsky’s latest studies are here! チェルノブイリの第一人者、バンダジェフスキー教授の最新論文がこちらで読めます!

The latest paper refers to the elevated level of mortality rate among people living in contaminated areas.  (ETHOS which let people to stay in contaminated areas is truly nonsense!)

一番上にある最新の論文では、汚染地域に長く住む人々の間で、ガンや循環器系の疾病による死亡率が高まっている事。(本当に汚染地域に住み続けるエートスどころではないのです!)

One of the cause is metabolism disturbance leading to cancer, cardiovascular diseases, diabetes, chronical miscarriages, congenital malformation, etc.

その原因の一つとして代謝阻害により、ガン、循環器系の疾病、糖尿病、慢性流産、先天性異常などが引き起こされていると考えられると言う話。

Dr. Bandazhevsky mentioned that particular attention should be paid to the lealth of boys aged 12-17 years.  Yes, they are experiencing the 2nd generation in Chernobyl…though in Hiroshima and Nagasaki, even health impacts among 2nd and 3rd generations have been denied till today….

また2番目の論文で、教授は2世代目では12歳から17歳の男子に特に憂慮される循環器系異変が見られると述べています。

そう、もう2世代目なのですね。チェルノブイリでは。広島・長崎では2世代目の健康被害でさえ、否定されていますが、チェルノブイリでははっきりと出ているのだなあと改めて思いました。

Dr. Bandazhevsky continued, “Pathologies found in the adolescent period are the basis for the occurence of serious diseases leading to death in adults.” (from the Conclusions of “Chernobyl: Prospects for the Second Generation”)

バンダジェフスキー教授はさらに続けています。「思春期に発見される病変は、成人に なった後、死にもつながる深刻な疾病発症の基礎をなすものである。」 (“Chernobyl: Prospects for the Second Generation”のConclusionより)

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妊娠中の日本人女性の避難すぐ

by Mrs. Mari Takenouchi, japanese journalist: all links on her wall

be sure to read her blog, english and japanese: http://fukushimaworkerslist.blogspot.jp/2014/12/pm-abe-owns-many-stocks-of-musashi-vote.html

“竹野内真理のとある講演会のレジュメ” http://takenouchimari.blogspot.jp/2013/02/blog-post_4.html

“早野龍五先生と竹野内真理氏の問答(完全版)” http://togetter.com/li/634989

“鼻血は政府にとって不都合な真実” https://twitter.com/kitahamamikiya/status/529439792522461184?utm_source=fb&utm_medium=fb&utm_campaign=mariscontact&utm_content=648370082104545280

be sure to read her blog, english and japanese: http://fukushimaworkerslist.blogspot.jp/2014/12/pm-abe-owns-many-stocks-of-musashi-vote.html

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